第36話 リサの母親的な微笑み

「こうして私は、ここでメイドをする事になったのです。この身体の傷痕が、私の罪です」

「……」


 言葉が出ない……

 あまりにも壮絶過ぎて、胸が締め付けられる感覚が凄く長かった。

 もし私だったら、多分もう生きてないよ……そんな目に遭っちゃったら。


「リサ……さん」


 私はリサを抱き締めた、傷痕が脳裏によぎったのでなるべく優しく。

 自分が落ち込んでいた事なんて、ちっぽけだったんだなと思い知らされた。


「カオリ様、奴隷堕ちにならなくて、本当に良かったですね」

「……ゔん」

「でも、私と比べてはなりませんよ?話そうと思えるきっかけがあったのでお話しただけで、カオリ様だって辛い出来事があったのです。他人の方が辛い事があったのからって、自分自身が我慢をする必要はありません。辛いならいつでも頼りなさい、泣きたいなら沢山泣きなさい、甘えたいなら甘えなさい、カオリ様はまだ子供で……とても『感情豊か』なのですから」


 その言葉に、私の感情が再度爆発した。

 感情があるという、当たり前な前提が殆ど欠落してしまったリサの言葉は、とても重く……私にのしかかった。


「ゔっ……うわぁぁぁぁぁん!!」


 ひとしきり泣いた後、私はリサの隣に座った。

 今日は何回泣いたんだろう……もう覚えてない。


「ありがとうございます……落ち着きました」

「良かったです」


 リサの話を聞いて壮絶だとはさっきも思ったけど、奴隷の全てがリサのようになる訳じゃない、逆にリサの話の方が限りなく少数な事くらいは分かってる。

 でも、奴隷になればリサのようになる可能性が0ではない事を、しっかり覚えておかなければと……私は思った、奴隷商の裏は……とても闇が深そうだと感じ取れたから。

 幸いにも私は奴隷に落ちることも無く、普通に暮らせる。

 なら、私のやるべき事は1つ!

 しっかり指名依頼をこなして、信頼を取り戻す!


「私、これからも頑張っていこうと思います。でも、今日だけは少し……甘えていいですか?」

「はい、どうぞ」


 私はリサに甘え、それを見た梅香ちゃんと桜ちゃんも、リサにくっつきにいく。

 4人おしくらまんじゅうのようになりつつも、身を寄せ合いました。

 この時にちらっと見えたリサの顔は……

 まるで母親のような、傍に居るだけでとても安心させてくれるような微笑み、そして目付きも穏やかに見えた。



 こうして甘えながらも、先程のリサの話からまだ聞けていない事も少しだけ聞いた。


「そういえば、首輪がまだ付いてますけど……首輪が外せないから付けているだけであって、もう奴隷ではないって事ですよね?」

「いえ、今もれっきとした奴隷で、契約も結ばれています。ソル様と」

「ソルさんと……?」

「はい、元主が何らかの理由でいなくなった場合は無契約奴隷と言うものになるのですが、無契約奴隷は他の奴隷商人の恰好のエサです。他の奴隷商人に見付かれば、否応無しにその商人の物にされてしまうのです。なので、万が一私が他の奴隷商人に見付かって売り飛ばされるのを防ぐ為、あとは罪を償うのに丁度いいと、ソル様と契約致しました」

「なるほど……確かに、商人に見付かっちゃったら終わりですね。リサさんの事を考えたら、ソルさんと契約するのは変ではないですからね」

「はい、私もソル様だからこそ逆らう気などさらさら無いですし、どの道この家でメイドをするのですから、変わりません」


 レイナとソルなら無理矢理命令する心配はないし、安心だね。


「あと、身体の傷の痛みとか……クスリの作用とかは、今はどうですか?」

「この傷は痕が残ってしまっただけですので、強い刺激が無い限り痛みはありませんよ。クスリも既に抜けきっています、中毒症状には少しの間悩まされましたが……何とか治しましたので問題ないです、ただ……」

「ただ?」


 リサは、梅香ちゃんと桜ちゃんに聞こえないように耳打ちした。


「クスリの影響で、身体に染み付くように快感を覚えさせられてしまったので、たまに疼いてしまう……くらいでしょうか」

「あぅ」


 私は、リサのそういう姿の妄想を不意にしてしまい、顔を真っ赤にする。

 しかし、リサは恥ずかしさを感じないかのように普通の顔だった。


「恥ずかしい事をさらりと言って、顔は普通ですね……」

「恥ずかしいの感情が、まだ戻って来ないのです。喜びや悲しみのような私生活で良くあるような感情や、不安に怒り等もこの半年の間に少しずつではありますが、復活しつつあります」


 確かに、前からたまにだけど笑みを浮かべたり優しい顔になったり、今日だって初めてリサの涙を見た。

 欠落してしまった感情も、日々の生活で刺激されて、少しずつ取り戻しつつあるみたい、でも……何で恥ずかしさは戻らないんだろう?


「多分ですが、もう恥ずかしいと思う事がそもそもないのだと思います。私はもう……皆に全てを見られてしまいましたから。酷い傷痕に液にまみれた姿、酷い状態な裸も助けに来てくれた王宮騎士団にいた男に見られましたし、処刑された男達からも何度もそういう行為をされましたから……」


 確かに、私に傷痕を見せる際も一切躊躇いなく服を脱いだ。

 今まで肌を見せなかったのは、過去を知られる不安からであって、恥ずかしいからではないって事だね。


「身体に関する事以外で恥ずかしいと感じる事……うーん、素で何かを間違えた時?他には……」

「香織おねーちゃん、好きな人に見つめられた時も恥ずかしいと思うよー!」

「確かにそうだね。でも、梅香ちゃんがそんな事を知ってるなんて……もしや好きな男の子でも出来たのかなぁ?」

「んーん、ゲームでそういう場面あったから覚えてただけー」

「ゲームかーい!!」


 まぁプロゲーマーだからね、色々ゲームやってたって不思議じゃないよね……


「ねーねー香織おねーちゃん、人前でコケた時も恥ずかしいよー」

「あー桜ちゃん分かる、人に見られたと気付いた時が1番恥ずかしいよね」

「ねー!疾風剣して止まる時にずっこけたんだけど、凄く恥ずかしかったー」

「oh、初めてここで会った時に見ためちゃくちゃ速い剣だよね?」

「そう、あれー」


 あの時の疾風剣、確かに速かった、通り過ぎた時に風が発生してたもんね。


「確かに、あんな速度から止まろうと思ったら、勢いで転けちゃうよね」

「香織おねーちゃんも気を付けてね、あの稲妻の高速移動も同じになりそうな気がするもん」

「うん、気を付けるよ」


 その後も沢山リサや梅果ちゃんと桜ちゃんとお話をして、落ち込んだ気持ちも段々晴れて来ると共に、リサの事も沢山知る事が出来た。

 そのおかげか、リサと今までよりずっと仲良くなれたんだけど、折角なのだから暗部隊の皆さんとも顔見知りになっておきたいと思った。


「リサさん、暗部隊の皆さんって今何してるのですか?」

「今は、ツキミ含め3名がこの建物内に居ますね、外ですがこの家の敷地内に3名、レイナ様とソル様の護衛に5名、残り4名は今日は休みで、多分自由な時間を過ごしていると思います」

「え、この建物内に居るんですか!?」


 うそ!?私達しか居ないと思ってた……気配も全くないのに、3人も?


「はい、探してみますか?この会話を向こうも聞いていますので、上手く隠れてくれると思いますよ?魔力感知をしても見付からないように訓練していますから」

「分かりました!頑張って見つけ出します!」


 これより、リサ率いる暗部隊の隠密VS私の最強難易度のかくれんぼが、今始まった。

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