第31話 身体に残った傷痕は、ずっと消えない

 家に帰り玄関をゆっくり開けると、リサはキッチンの掃除をしていた。

 私は、リサに近付くように歩く……


「おかえりなさいカオリ様、今日はお早……っ!?ど、どうなされたのです!?」


 リサが私の腫れぼったい目と酷い落ち込みようを見て、掃除を放り出して駆け寄って来た。


「リサ……さん、ゔっ……うわぁぁぁぁぁぁん」


 安心出来る顔が見えて、苦しかった心から涙が……溢れ出した。


「カオリ様!?」


 泣き崩れる私に、リサは胸を貸してくれた。

 リサと梅香ちゃんと桜ちゃんが、ゆっくりと……ゆっくりと私の背中を撫でてくれた。


「ウメちゃん、サクラちゃん、これは一体どういう事です?」


 私を抱き締めながら、2人に事情を聞いたのだが。


「冒険者ギルドで、トラブルがあったの……」

「ギルドで……?」

「うん……詳しくは香織おねーちゃんから、聞いた方がいいと思う」

「……分かりました」


 リサは私が落ち着くまで、ずっと抱き締めて頭を撫でてくれた……

 10分程ひとしきり泣いて、私はようやく落ち着いた。


「すみません……胸を借りてしまって。転生して若返ってからというもの、凄く泣き虫だった頃に戻ったような感じがするんです……」


 私は中学生の頃まで泣き虫だったから……あの頃の感覚なんだよね。


「いえ、大丈夫です。若返りというよりは、実際身体も精神も当時に戻っていると考えるのが自然だと思います」

「やっぱり、そうですよね……」


 ひとしきり泣いたので、少しだけ心が軽くなった……気がする。


「ではカオリ様、事情を聞かせてもらっても?」

「……はい、実は……」


 今日あった出来事を偽りなく話した、怒られるんじゃないかと思ったけど……事細かに、梅香ちゃんと桜ちゃんの証言も合わせて説明。


「……」


 リサはふざける事なく真剣に聞いてくれた、でも……久しぶりに冷たい視線が怖く感じる。


「という事があったんです……。私、やっちゃいけないことをしてしまいました……」

「……なるほど、そんな事があったのですね。取り敢えず周りに被害がなかったのが幸いでした、ウメちゃんにサクラちゃん、よく動いてくれました」

「「……」」


 普段なら褒められたら大喜びする2人なのだけど、小さくコクッと頷くだけで喜びが全くない。

 多分、2人もやるせない気持ちでいっぱいなんだと思う……


「カオリ様が取った行動自体は、確かに許されるものではありませんね」

「……はい」

「ギルドカードの剥奪にギルドの修繕費をボランティアという名の依頼で回収、奴隷にはしない判断なのであれば、それが妥当でしょう……」

「はい……なので、暫く無賃となります……私のした事で、みんなに良くない噂や話が出てきたらと考えると……申し訳ない気持ちでいっぱいです……本当に、ごめんなさい」


 私は再度頭を下げた、頭下げ過ぎだと思われてもいい……謝らないと気が済まない、許してもらおうって訳じゃないんだよ。

 やはり仕事の影響なのか、ミスをした時必要以上に何度も謝ってしまう。


「レイナ様もソル様も、そんな事で怒る人ではありません……でも、本当に、良かった……奴隷堕ちてしまう事にならなくて……」


 そう言いながら、リサは涙を流していた……

 そして、私はリサに初めて優しく抱き締められた。


 いつも冷たい視線を送ってくる彼女も、実は温かい人なのは……一緒に暮らしていて充分に分かってる。

 肌を見せないリサなので、体型がどんな風なのか見た目からしか分からなかったけど……意外と細いんだなって感じた。


 そして……




 リサの首筋に何か硬い物が、あった。




「……?リサさん……首に何か硬いものが……」

「やはり、分かりますよね……敢えて分かるように抱き締めた、んですがね」


 リサが涙を拭いながら、更に話を続けた。


「実は昨日寝る前、ずっと心の準備をしていたんです……もう少し決心がついたら、と考えていましたが……今日のカオリ様の話を聞いて、話そうと決めました」

「……!」


 それって……前から隠していた内容の事だよね?

 でもどうして急に話そうと……?


「全てお話します。まずはこれを見てください。これが、私の……罪です」


 そう言うと、リサはメイド服を脱ぎ始めた。


「リサさん!?いきなり何を!?」


 咄嗟に目を逸らしてしまったが、見てくださいと言われていたので恐る恐る下着姿になったリサに目を向ける……が。


「なっ……!?!?」

「「ひっ!?」」


 私は、リサの首にある物と身体をを見て……言葉を失ってしまった。

 黙って私の隣に座ってくれていた梅香ちゃんと桜ちゃんも、リサの姿を見て恐怖を感じ、お互いに身を寄せあっている……

 子供には刺激が強すぎる……





 奴隷の首輪が、リサの首に付けられており……


 そして身体には……見るに堪えない程の、大量の傷痕が切り刻まれていた。





「な……なな、何……これ……」


 私は、リサの傷付いた身体を撫でる。

 多数の切り傷ででこぼこしており、色が変わってしまっている。

 そして縛られた痕のような物も残っており、何があったのか……少しだけ想像出来てしまう。

 奴隷は、主によってはこんな風に扱われるの……?今日の件で想像はしていたけど、想像以上だよ……


 まさか、レイナとソルが……?

 いやいや違う!2人がそんな扱いをリサにする訳がない!

 なら……?

 私は、リサに関する記憶を完全記憶から呼び起こす。


『リサの関する事件から、きちんと逃げられるように』

『私達はトリスター王国からの指示に従って、国民の生活を脅かす盗賊狩りや大罪人の捕虜……最悪だと国がどうする事も出来ないような大悪人の暗殺といった、裏の仕事をしていたんです』

『リサに関わる事件はとある国の中で起きた事件だったんでな、だからカオリにも被害が及ぶ確率が0ではないんだ』


 情報は少ないものの、断片的な記憶から推測する。


「もしかして……大悪人に捕まって、無理矢理奴隷にされて……そのままなんですか」

「……半分正解です」

「半分……?」


 リサは服を着直し、こちらをみた。


「少し長くなるので、御付き合いください」


 私と梅香ちゃん桜ちゃんは小さく頷いて、リサの話を静かに聞く。


「あれは王国からの、前に話した裏の仕事に関する極秘依頼から始まりました」

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