1章 異世界生活

第1話 雷に打たれ森の中

 程よい冷たさの心地いい風が身体を撫で、私の意識が徐々に覚醒する。

 ゆっくり目を開いていくと、目の前には青空が広がっているのが見えた。

 雲一つない綺麗な空で、木々のざわめきも聞こえてくる。


「んっ……?あれ……?」


 私は、身体を起こして周りを見渡すと、見知らぬ森の中のちょっとした広場で倒れていたことに気付いた。


「えっ?ここ何処!?」


 どうしてこんな所にいるのか?少しパニックになってしまい、色んな思考が頭の中を駆け巡るが、ふと自分の姿を見ると……


「合羽……?」


 薄黄色の上下分かれた雨合羽を着ていることに気付く、そのよく見慣れた雨合羽をきっかけに、目覚める前に何があったのか思い出した。


「そうだ……私、雷に打たれたんだった」


 お弁当の配達中に雨風が酷くなってバイクから一旦降りた瞬間、稲光いなびかりと共に目の前が急に真っ白になり、身体に尋常じゃない衝撃と爆発するんじゃないかと思わせるほどの熱量に襲われた。

 その後、気付いたらここに居た……


「思い出した……でも、雷に打たれたはずなのに、私の身体も合羽も服も……全部無事なのはなんでだろう?それに、なんで森の中……?」


 ここに来る前の事を思い出して少し冷静になれた私は、これからどうするか考える。


「そうだ、スマホ!警察に電話とマップを!」


 雨の日の配達の際、首からぶら下げるタイプの防水袋にスマホを入れているので、そこから取り出したのだけど……


「あれ、画面が付かない……」


 スマホの電源ボタンを押すのだが反応がない、電源長押ししてみると充電切れの画面が映る。


「じゅ、充電がない!どうしよう……これじゃ何処にも連絡出来ない」


 確か仕事前の充電は90%だった筈……休憩中にスマホ触っては居たけどそんな充電は減ってなかったはず……なんで充電が切れてるんだろう?


 今手元にあるのは、充電切れのスマホと合羽だけと思っていたが、近くにバイクに乗る際に被っていた安物ヘルメットとウエストポーチが転がっていた。

 どうやら、身に付けていた物は全て無事だったらしい。


「ヘルメットにウエストポーチだ、もしかしたら近くにバイクもあるかもしれない……探してみよう、森からも出られるかも」


 そう思い歩き出したのだが、合羽を着ていると動きにくいと感じ、脱いでウエストポーチに入れる。

 森の中を歩くので、安全の為に一応ヘルメットを被ることにした。

 前向きに行こう、雷に打たれて死ぬ運命ではなく、奇跡的に助かったのだから。



 森の中を歩き始めて10分、バイクは見つからない。


「それにしても、何だか空気が美味しい……かも」


 私は、田んぼの多いような田舎に住んでいたのだけど、その田舎者ですら美味しいと思ってしまう程の空気だった。


「こんなに空気が美味しい場所があったなんて、遠い場所じゃなければまた来たいかも」


 そんな事を考えつつ歩いていると……

 ガサガサ


「!?」


 何かが隠れているのか、茂みが揺れた気がした。


「えっ、何!?」


 こんな森の中に居るとすれば、熊か……?イノシシか……?そう考えると、近付くべきじゃないと判断して後ずさりしながら離れようとする。

 ガサッ!と何かが飛び出してきた。


「……えっ!?」


 私は驚いた、目の前に現れたのは熊やイノシシではなく、ゲームやアニメに出てくるかのようなスライムだった。


「す、スライム!?スライムよねあれ!?え、本物!?」


 スライムはふにふにと身体を揺らしながら近付いてくる。

 私はアニメを見たり、暇な時には異世界小説とか読んでたので知識はある。

 スライムといえば、どのゲームや小説でも大体は最序盤に出てくる最弱モンスター。

 まぁ亜種だとか姿違いは強い場合はあるけど……身体は薄らと青く、小さくて真ん丸なフォルムだと、多分普通の最序盤系スライムだと思う。


「本物のスライムを、この目で見る事が出来るなんて!意外と可愛いかも!」


 と、口に出したはいいものの、よく考えてみると現実にスライムなんて居るはずがない。


「ん……?あ、あれ?もしかしてここ……日本じゃなくて、異世界とかゲームみたいな世界……?」

「ぷるっ!」


 スライムが飛びかかってきた。


「ぶほぁっ!!」


 急な事でスライムの体当たりを避けられず、顔にベチャリと当たった反動で尻餅をついた。

 ヘルメットはフルフェイスではないので、顔面はガラ空きだ。


「いったぁぁっ!」


 柔らかいイメージだったスライムだけど、ぶつかって来た時の顔へのダメージはかなりの物だった。

 怪我こそしていないが、何度も体当たりされると怪我じゃすまないかもしれない。

 更に尻餅ついた際に打った尾骶骨も痛い。


「痛いっ……に、逃げなきゃ……」


 私は身の危険を感じ、痛みに耐えつつも急いで立ち上がり走り出す。

 最序盤に出てくるようなスライムだとしても、丸腰な私が出来る選択肢は逃げる以外ない。

 それに想像以上の痛みだったので、可愛いと感じていたスライムに恐怖を植え付けられてしまった。


「来ないで……来ないでぇ!」


 恐怖感が一気に襲ってきて、私は一心不乱に走った。

 スライムは追い掛けてはこなかったようで、逃げ切れたのだけど……この時、私は気付いていなかった。

 私が走った跡に電気が帯びていて、それにビックリしてスライムは追ってこなかったって事を。


 これで嫌でも理解できた、ここは異世界かゲームの世界なのだと。

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