最終話 春の海の歌



「やっぱり門限は破れないよね」


 船で帰ると言ってあった。「絶対にお見送りに行きます」と言ってたけど、施設の門限があってとごめんなさいのメッセが届いた。


 高校生は19時までだって。それじゃあ、無理だよね。


 見送りにの代わりに「買っちゃいました」と花束を抱えた自撮りが送られてきた。


「へぇ~ 黄色いチューリップか。もう、春だもんね」


 寮の部屋で撮ったらしい自撮りは、なぜか上半身制服姿だった。


 ワイシャツのボタンを外して微妙な部分を花束で隠すという高等テクだ。


「お見送りに行けない分のお餞別です。私のことも


 イタズラ心にしても珍しい。


「先輩が言ってくれれば、いつでも何枚でも、どんなポーズでも送りますけど、いきなり送って、偶然、誰かに見られちゃうといけないので」というのがいつものセリフ。

 だから、目の前にいるとき以外は送ってこなかったのに。


 もちろん「忘れるわけないだろう」と返信した直後に、スマホの電源が落ちた。


『ははは。充電するのも忘れてたか』


 なんだかんだで、けっこうテンパってたんだな、オレ。


 充電器はカバンの中だし、とりあえず、明日の朝までに充電すれば良い。


「それよりも、二度と見られない景色を見ておくとしようか」


 目に焼き付けよう。


 夜行バスの方が安いけど、一度くらいはやってみたかったのが船旅だった。


『さらば、東京。さらば、愛しい人しずか


 こういう時に船っていうのは、センチメンタルすぎたかもと思いつつ、一度くらいはと自分を許したのだ。


 有明埠頭を出港したのは19時半。卒コンを最後まで聞いても、直行してきたから余裕だった。


 平日だし、客はまばらだった。


 手ぶらでデッキに出て東京湾の夜景を眺めている。


 さすがに東京の空だ。人工の光に溢れてる。


「それにしても、すごかったよなぁ。あれが世界に通用する力ってヤツなのか」


 1曲目が「春の海の歌」で、いつか聞いた時とは別物。オレの耳ですらわかるほどに綺麗な曲に仕上げてた。のどかで、暖かな日差しが、まるで見えてくるかのような歌だった。


 高音の美、音の切れ、合唱部の子達の中でのソロだっただけに、余計にスゴさが目立ってた。


 2曲目の「哀しき朝」は、全部、アカペラの独唱だったから、声の「強さ」が目立ってた。迷いなんてどこにもなくて、言葉の一つひとつを輝かせて聞かせてくれた。


 そして、ラストを飾った3曲目。


 AmazingGrace。


『あれは、別物中の別物っていうか、あれはなぁ』


 合唱部員と一緒のところも上手いけれど、最後に「 now I see.」で歌い上げるところなんて、もう、あっちこっちでハンカチを出している人がいたもんね。


 いつの間にか、歌の世界に取り込まれるって言う感覚もすごかった。人間というのはすごい音楽に出会うと、ああなってしまうんだね。


「ただ、確かにすごかったけど、不思議な歌だった。しかも、まっすぐにオレの方ばっかりを見て、語りかけてくるように感じがした。あれは気のせいじゃないと思うんだよ」


 でも、あの会場に居合わせた人達は、ホントに凄いモノを共有したんだよなぁ。


 満場の拍手はいつまでも鳴り止まなかったのも当たり前。


 この世で一番好きだった人が受け止めた怒濤のような拍手に痺れたよ。オレも拍手をしながら心が震えてた。


『とっても綺麗だったよ。


 ただ、広田さんに頼まれた手紙は、どうしても書けなかった。代わりにカードを渡してもらった。


『どうしても、あそこで待ってみたかった。来てくれたね』


 場所もそうだけど「待ってる」なんて一言も書いて無かったのに、ちゃんとのが嬉しかった。


『最後に会えて良かったよ。オレを必要としてくれる場所が、君の中にあったんだって、今ならわかる』


 実は、ついさっき、ようやく書けた手紙が荷物の中にあった。たぶん、ハイヒールを手に持ったまま駆けてきた姿を見て、オレの中でストンと何かが落ちたんだよね。だから、あの時言えた言葉は、全部本音だった。


 ようやく、手紙を書く勇気を出せたんだ。


  たった2行の手紙には、こんなことを書いた。



  夢の大空に向かって高く飛んでほしい。

  いつまでも応援しているからね。


 

 これだけ書くのに、どれだけの時間が費したんだろう。でも、もう涙は出て来ない。不思議だった。


『この手紙は向こうに着いてから出そう』


 その程度の感傷を抱くくらいには、自分を許していい気がした。


 船内放送が独特の低音で鳴った。


【お客様にご案内いたします。本船はまもなくいたしますとレインボーブリッジを通過いたします。船からの夜景をお楽しみください】


 光の流れが、ゆっくりと近づいてきた。


『あれがレインボーブリッジか』


 現地に早朝着く関係で、時間を有効に使いたい、慣れたビジネス系の客が中心だ。寒い中を、わざわざ最上階デッキまで出て来る人も少ないのだろう。


 他に人影はなかった。


 の海風が冷たい。


「はぁ~あ、どーしてこうなっちゃったんだろうなぁ」


 オレに忍耐力が足りなかったのか。それとも愛情が足りなかったのか。わからない。


 ただ、諦めたはずのしーの笑顔が浮かんできてしまう未練が哀しかった。


「やっぱり、母さんのようにはなれなかったよ」


 心停止を告げるピーッと言う電子音だけが響く病室が脳裏に蘇る。覚えているのは母の顔。


 痩せた、けれども、すごく穏やかな最期の顔。


 この世の生を無くした人が、まだ生者である者に対して雄弁に語りかけてきた顔だった。


「母さんはやっぱりすごいよ」


 それにひきかえ自分はなんとちっぽけなのか。唇を噛みしめるしかない。


 ただ、母さんの顔を思い出したおかげで、しーの笑顔を頭から追い払えたらしい。


「母さんはすごいよ。最後まで言わなかったんだ。そばにいてって」


 父さんが徳島から帰ってくるたびに「心配ない」と言い続け、すぐに追い帰していたのは、むしろ母だったのは知っていた。


「そのくせ、その日の母さんは、すごく寂しそうでさ。でも、父さんの気持ちも今ならわかるよ」


 背負った責任は「財政破綻した村の処理」だった。始めから、そこに笑顔なんて一つもなかったはずだ。


 これからの人口減少社会に備えたテストケースに過ぎないことだって、淡々と処理すれば良かったはずだ。でも、父さんは、あの人達を前にして、決して「処理」で良いんだなんて思ってなかった。


 全力で、村の人達を笑顔にしようとしたんだ。


「ホントはさ、母さんが父さんを少しも恨んでなかったのもわかっていたんだよ。でも、悔しかったんだよ」


 最後の最期の瞬間に、母さんは夫に会うことよりも「夫の成功」を願っていたはずだった。それは息子として誰よりもわかっていたことだった。

 

「誰がなんと言ったって、愛する人が一生懸命になる姿を応援したい。それで良いはずだよね? 結果に後悔してるオレが小さいんだよ。そうなんだろ、母さん!」


 愛しくて、大切な存在。


「ただ、応援する。愛する人の成功を考えるなら、きっと、これが正解なのだよ」


 自分に言い聞かせる言葉がウソであることを、知っているのが哀しかった。そんなウソを振り払うみたいに、視線をレインボーブリッジへと持っていく。


「けっこう、船って遅いんだな」


 東京湾の中ではスピードを上げられない。ゆっくりとレインボーブリッジの下に差し掛かっていた。


「はぁ~ すげぇな~ でも、星は見えないなぁ」


 橋のライトも、車のライトもあるせいだろう。空に輝くスターは見えなかった。


「黒山村の星は綺麗だった。オレには、あっちの方がお似合いさ」


 そう。この手に掴んだはずの「星」は、もう手に届かぬところに行ったのだから。


「でも、やっぱり、すごくキレイだったよ。最後に君の歌が聴けて良かった」


 そんな言葉を呟いても、やっぱり堪えきれなかった。


「最後に1回だけ、いいよね?」


 もう、忘れなくちゃいけない。でも、最愛の人の名を、あと一度だけ呼ぼう。誰かが聞いていてもかまいやしない。星に目がけて叫ぶんだ。


 衝動を抑えきれなかった。


「しー 愛してる!」


 思った以上に大声になっていた。


 叫んでから「しまった」と焦った。


 やべぇ。やっぱり、これ見てる人がいたら引くよな。


 やっちゃった系?


 考えてみたら、夜の船上で、愛してるとか叫んでる男って、ちょーヤバいヤツだよね?


 わぁあああ、やっちまったぁあ。


 その時だった。 


♫はる の うみは とてちて てん♪


 え?


 軽やかな歌声が聞こえた気がした。動けない。だって、これ「春の海の歌」だ。


♫てんころ てんころ なみうって♪


 さっき聞いたばかりの歌。そして、この声。でも、間違えるはずがない。


♫かぜを よびます さんさんさぁー♪


 まさか?


 むりやり振り返ると、制服姿のしーがそこにいた。


 歌いきった姿勢から下を向いて近づいてきた。



 手を伸ばせば届きそうなところに立ち止まると、恥ずかしそうに言った。


「来ちゃった」

「……留学は?」


 驚きすぎで、声が震えないようにするので精一杯だった。


 何でこんなところにいるんだよ。君はサッサと日本を離れたかったんだよね?


「ゆーはさ、一番やりたいことを思いっきりする私を応援するのが好きだって言ってくれたよね?」

 

 しーらしくない、オドオドした声で、そう言った。


「あぁ、うん。言ったけど」


 怖ず怖ずと顔を上げて、眉を寄せてオレを見てる。


「応援してくれる? 一番やりたいことを、これからしようと思うんだけど」

「あぁ、応援するよ。しーがやりたいことをすれば良い」


 だからこそ留学を勧めたのに。出発を延ばしたのか? なんで? いや、そもそも、明日、どうするんだよ。送別会!


 オレの焦る気持ちも知らず、しーの言葉はゆっくりだった。


「あのね、今さらなんだけどさ…… 気付いたの。一番大切なことをちゃんと見てなかったって。私のが何なのか、ちゃんと見てなかった。だから、遅くなっちゃったけど、これから一番大切な人だけを見たいの。それが私の一番やりたいことなんだ」

「それって?」


 唇をツンと尖らせて、困った顔を一瞬した後で「いっけない。ちゃんと言わないと、今までの私になっちゃうね」と顔を振った。


 ほんの半歩踏み出して、真っ直ぐに見つめてきた。綺麗な瞳だった。


「私の一番大切な人はあなた。古川祐太です。あなたをずっと見ていたい。それだけで良いの。ズルい言い方になっちゃったのは自覚してる。ごめん。だけど、それが、私の一番やりたいことなの。応援してくれるって言ったよね?」

「君には歌が」


 即座に、首を振った。


「歌は大好きよ。いっぱい、いっぱい歌って上手くなりたいし、歌うことも好き。でもさ、ゆーに聞いてもらえるから嬉しいんだよ? 気付いちゃったの。今日だって、ゆーがいなかったら、絶対あんな風に歌えなかった。わかってくれたかな? 今日のAmazingGraceは、ゆーのことだって思いながら歌ったの。ずっと、あなただけを見て歌ったわ」


 何となく、それはわかっていた。ひょっとしたら、って。


「今日の歌のできはみんなが褒めてくれた。でも、もしも本当に、私の歌が素晴らしかったなら、それはあなたに聞いてもらえたからなの」

 

 いつの間にか、しーの言葉は力強くなっていた。


「だとしたら、私にとって歌は二番目。ゆーに聞いてもらえるから…… ううん。ゆーのために歌うからこそ嬉しいんだって、わかっちゃった。だから、私の一番はゆーよ。ずっとずっと、回り道をしちゃったけど、ようやくわかったの」


 言葉をそこで止めて「でもさ、もう遅いよね」と一瞬下げた顔をすぐ顔を上げた。


「知ってたんでしょ?」


 何を、とは聞き返さない。巨匠とのことに決まってる。


「ごめんなさい。汚れちゃった。ひどいコトしちゃったよね」


 深々と頭を下げてる。今さら、それに何かを言いたい気持ちは不思議となかった。


「言い訳になっちゃうけど、心まで…… 心まで浮気したことはないんだからね? でも、自分がひどいことをしちゃったのはわかってる。ひっぱたいてくれても良いよ。それとも、こんなに汚れちゃった女なんて触るのも嫌かな?」

「いや……」


 「汚れてないよ」って言い切る勇気が出なかった。いや、汚れているなんて、少しも思わなかったのは事実だ。かと言って、それを静香にわかってもらえるとは思えなかったからだ。


 頭を上げたしーはオレを見つめた。


「でもね……」


 ポロポロと涙をこぼしていても、それは真っ直ぐな瞳だった。


「私って、ほんとワガママなんだ。こんなになっちゃっても、やっぱりゆーのことを見ていたいの。一番大切な人のそばで…… 一番好きな人のそばで生きていきたい。それが私の一番やりたいことなの」


 また、半歩踏み出してきた。お揃いのマフラーの結んだ部分が、くっついていた。


「私の一番やりたいことを応援してくれませんか?」


 右手が頬に触れてきた。緊張のためのか、海風のせいなのか、優しい手は冷え切っていた。


「汚れちゃって、ごめんなさい。そばにいたいけど、もう、ゆーの横には立てないから…… 愛人じゃだめかな? 何にもいらないの。たま~に、気が向いたときだけ私の方を向いて、小さく微笑んでくれるだけで良い。それだけでいいから」

「無理」


 即答した。うん、それは絶対に無理だもんな。


『ここで、君の顔を見た瞬間、もう、その答えは出てるんだからね?』


 今さら考えるまでもないことだった。


「そうなんだ」

「あぁ。絶対に愛人なんて無理」


 ガクンと肩が落ちて俯いたしーの髪をオレは撫でていた。優しい感触だ。


「ゆー?」


 驚いたように顔を上げた。


「あのさ、ほら、シュガーって子がいるんだ。佐藤さん。まあ、今は田中さんだけど」

「うん、知ってる」


 何か言いたそうにした?


 そう言えば、何でこの船に来た? これに乗ることを知っているのは父さんと、シュガーだけ……


 なんとなくピーンときた。だけど、今はシュガーのことじゃない。きっと「先輩、私のことを考えてる場合じゃないですよ-」って怒ってくれるはずだ。


 だから、オレはしーのことだけを見つめて説明する。 


「聞いたんだろ? あの子がね、ずっとオレを支えてくれたんだ。すごく献身的に」

「うん。彼女が教えてくれたの。この船に乗るって」

「そっかー あの子はすごいんだ。おかげで何とかやってこれたんだから。それでね、ホテル暮らしの時、いっしょに泊まったことがある。だから…… オレもしーと同罪だと思うよ」

「違うよ! ぜんぜん違う。ゆーの方は当然だもん! 私なんか、ゆーのしたことと、ぜんぜん違うよ! ひどいコトしちゃった自覚あるもん!」


 その肩を両手で押さえるように掴んだ。


 ずいぶん久し振りに触れた肩だった。


「しー? オレはウソが苦手さ。約束を破ることもね。だから、なるべくウソを吐かないし、約束は守りたいと思ってる」

「それは知ってるけど」

「シュガーには、いっぱい支えてもらった分、約束させられちゃってる」

「約束?」

「うん。愛人を作るならシュガーを優先させる約束なんだ。それは絶対に破れない」

「そんな……」

「だから、しーを愛人にするわけにはいかないんだ。それにさ、オレの性格で愛人なんて作れるわけがないだろ?」

「そんなこと「ストップ!」」

 

 抗議しようとした唇に人差し指を当てた。


「とにかく、もしも愛人を作るならシュガーが確定。そして愛人なんて持つつもりもない。だから、しーを愛人にするなんて絶対にない。ありえないんだ。オレの性格を知ってるしーなら、そんなの簡単にわかると思うけど?」

「ごめんなさい。わかるよ? わかるけど、でも、それしか思いつかなかったんだもん。そばにいたいんだもん! ワガママだけど、そばにいたいの。お願い、そばにいさせてください!」


 ポロポロと溢れる涙。


「でね? 相談なんだけど」

「そうだん?」


 もう、身体は触れ合って、二人のマフラーが溶け合っている。


「オレの小さな掌を見てくれ」


 左の掌を見せつけながら、オレの右手はゆっくりとしーの背中に回る。お互いにマグネットがついているみたいに、ピタリとハマりこむ身体。


「なあ? この小さな手だと、の分しか持てないんだ。君はそこに収まる気はない?」

「それって!」

 

 オレを見上げてきた。嬉しさを押し隠して、拒否に顔を振る。


「そんなの…… そんなのダメだよ。あなたを裏切っちゃったんだよ。私、汚れてるから、そんなの、ダメだよ」


 オレは黙って額にキスした。


「しーが、今日、一度も言わなかった言葉がある」

「え?」


 目をまん丸にして、見上げてきた。


「なあ? こんなに小さなオレだけど、君がオレを愛してるなら信じてみないか?」

「信じる? 信じてるよ! だけど……」


 その目を、オレはジッと覗き込む。言って欲しい言葉を伝えるために。

 

 あっ、と小さな声を上げた。


 その瞬間、わかったんだと確信できた。今なら、お互いの考えていることが全部伝わる気がしたんだ。


 だから「言え」と小さな命令形。


「ゆるして、ください」


 それがオレの聞きたい言葉だった。


「許すよ」

「ゆー!」


 ギュッと抱き合いながら、即座に言葉を足した。


「だから、オレのことも許してくれ。意地を張ってた。最初にオレが行くなって言えば良かったんだ。それだけのことだったのに」

「違うよ、違うよ。私が勝手にワガママを言ったから!」

「たぶん違う。オレは、どこかで、しーのことを許してなかったんだと思う。いつの間にか本音を言っちゃいけない気がしちゃってさ」

「でも、ちゃんと、ゆーの気持ちを考えてない私が「違うよ」」


 背中を撫で下ろしながら、思っていた言葉をやっと言える。


「お互いに、ちゃんと気持ちを言葉にすれば良かったんだと思う」

「……うん」

「ただ…… 今の気持ちを言葉にする必要はないと思うぞ」

「え? あ、うん」


 頷いたしーは、その瞳をそっと閉じて、顔をわずかに仰向ける。


 やわらかなキス。ふたりの腕が、お互いをしっかりと抱きしめている。


「「ありがとう」」


「やだ、それは私に言わせてよ」 

「いや、オレの気持ちだ」


 ギュッと抱きしめたまま、オレは大事なことを話そうと思った。


「情けないけどさ、自分では気付けなかったんだ」

「何を? ゆーが気付けない事なんてあるの?」

「あるさ、い~っぱいね。だから広田さんに叱られた」

「え? 佳奈が叱った? 何て?」

「オレに『許してやれ』ってね。その時はわからなかったんだけど、あれは叱られてたんだ。やっとわかった。広田さんは、きっと、オレが許してないのを見抜いてたんだよ。だから、で叱られた」

「夫婦って…… あ、ソーイチ君と? すごい。いつの間に」

「ま、そういうことだ。おかげで、こうして君を抱きしめていられる」

「ゆー ホントにぃ。こんな私で良いの?」

「君でないとダメなんだ」


 腕の中で、しーがピトリと頭を付けている。


「確認するけどさ」

「なぁに?」

「君がこれから行く村はすっごく田舎なんだぞ? おれは、そこを故郷にしようと思ってる」

 

 コクンと頷いて、オレの言葉を待ってるしー。


「そんな田舎の村が君の故郷ふるさとになりたがってるんだけど、どうする?」

「え? そんなこと、聞ーちゃうんだ?」


 ちょっとあきれたような目で、小さく首を捻ってから「ちゃんと、言わなきゃ、だよね」と、またしてもギュッと抱きついてきた。


「愛してる!」

「オレも愛してるけど」

「ちゃんと捕まえていてね? ずっとだよ?」

「あ、ああ」

「もしも、私が、またワガママ言ったら、ちゃんと叱ってください」

「いや、わがままっていうか」


 チュッと唇を塞がれた。


「ゆー! 私の大切な人! ずっと一緒だよ! あなたの故郷を、私の故郷にさせてください! そして、私達の子どものふるさとにしたいの!」


 その背中をオレは、ゆっくりと撫でながら「愛してる」と何度も言ってたんだ。


 二人の抱擁を乗せた船は、春の海をゆっくりと進んでいた。


 

                         fin


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

熱い応援を、本当にありがとうございました。

後書きは本日の午後2時に投稿させていただきます。

長い間、一緒にハラハラしてくださって、本当にありがとうございました。

後日談的な話も投稿予定です。

また、次の作品でお目にかかりましょう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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