第48話 新しい関係




 待ち合わせの場所までは、ちゃんと送るつもりだけど、真っ昼間から外で抱きしめるワケにもいかない。


 部屋を出る前に、シュガーをもう一度抱き寄せた。


 ふわりと腕の中。


 同じシャンプー、同じボディソープなのに、なんでこんなに良い匂いなんだろう。


 ギュッ


 後ろから見ると、スレンダー体型のくせに、なんで、こんなに柔らかいんだよ。


 異様な弾力性を持った部分も、ペタッと密着。


「あ~ 幸せです~」


 オレの肩に頭を預けて、うっとりしてる。


「ね? ホントに大丈夫だったの?」


 ヤボだとは思ったけど、やっぱり確かめずにいられなかった。


「はい! 私だって、今、お腹が大きくなっちゃったら色々と困りますし、そんなことになったら先輩のご迷惑になるのはわかってます。そういうウソは吐かないです」


 それよりも、とキスをねだってきた。


 抱きしめて、優しいキス…… って思ったら、激しくなっちゃった。


 いかん。我ながら、だらしなさすぎる。小説なんかでも「一度やっただけで恋人面しないで」みたいなセリフはよく出てくるんだから、気を付けないと。


 だけど、まあ「初めての子」を相手にして、あれだけのことをしちゃったら、そりゃ歯止めも利かなくなるよ。


 激しいキスをしながら、柔らかな身体をいくら撫で回しても、シュガーは、うっとりと身を預けていてくれたのが嬉しかった。


「ありがとうございます。あの、どうなるのかわかりませんけど、シェルターにいる間も連絡は入れさせてもらっても? あ、私のナカに入れるのは、いつでもどうぞ…… くぱぁもしましょうか? え? あれ??」


 チョップを入れなかったからだろう。首を捻るシュガーだ。


「あれだけしちゃったんだから、これでパシッてしちゃったら、偽善者でしょ」

「えー なんか複雑ですぅ」

「マジ? チョップ入れた方がいいの?」

「いえ、痛いのは嫌ですけど。あの、コミュニケーションっていうか。先輩との特別感って言うか」

は、またしようよ」


 途端にニコニコしてくれた。


「はい! いっぱい、いっぱい、ドピュドピュ、ナマで出してくださいね。どんなヘンタイなのでも頑張りますから。あ、ドエムになれって言うなら、たぶん先輩には簡単ですけど、ドエスになってハイヒールで踏めとか、そーゆーのだけは、ちょっと ぷぎゃ! いたぁ~い!」

「あ、すまん、つい」


 思わずチョップしてしまった。おでこを押さえながらも嬉しそうなのは、ちょっと。まさか、マジで、M?


「ふふふ。あとは、どんなことでも命じてくださいね? 晴れてセフレ昇格ですから、先輩がしたい時に、したいようにしてくれるのが嬉しいんです」

「また、それ?」


 昨日から、この一点張りだ。どうしても「付き合おう」にウンと言わない。


「はい! タマちゃんは、ずっと先輩の専用セフレがいーです。これ、遠慮でもなんでもないですからね。先輩は、そこをちゃんと割り切ってください」

「だけど…… わかった。とにかく、今はシュガーの気持ちは受け入れるよ」

「ありがとうございます。あ、でも、安心してくださいね。先輩のセフレにしていただいている間は、絶対に他の人に触れさせませんから。先輩専用ですよ?」

「いや、それは、その信じてるけど」


 色々「自由がいい」だとかなんだとか、どう考えても嘘くさい理由をゴチャゴチャ並べて、付き合うのは断られたけど、仕方ない。


 こだわりを捨てよう。


 とにかく、理由はともかくとして、まずはシュガーに笑顔になってもらわなくちゃいけないんだから。

 

 シュガー? 


 砂糖、さとう、佐藤……


「まてよ?」

「はい?」

「タナカさんになるんだ。いつまでもシュガーはおかしいか」

「いえ! 先輩に初めてつけてもらったあだ名ですから、田中になっても、鈴木でも、山田でも、ずっとこのままが良いです」

「それでいいんなら、いいけど」

「はい! ずっと、シュガーでお願いします」

「わかった」

「それと、先輩、確認です」


 口角が上がる。


「約束ですよ? タマちゃんは先輩の?」


 キラキラした目が「答え」を期待している。


「せ…… フレ」

「はい! せーかいです。無責任中出し大歓迎の先輩専用のセフレです。あ、ちなみに次に会うまでにピルも飲むのでご安心ください。先輩に気持ち良~くなってほしいんで。せっかく飲むんだから、ムダにさせないでくださいね? せめて週に一回はご利用を」

「え? 週にいっかい?」


 なんか、昨日から、こんなパワーに押されっぱなしだ。でも、この感じって、ぜんぜん嫌じゃないのが不思議だよ。


「はい! あ、徳島に行くまでですよ? 向こうに行ってからは、時々、私から行きますので、もちろん、呼び出してくだされば、すぐにいつでもOKですから」

「う、うん」

「でも、ちゃんとした彼女さんがあちらでできたら、無理しなくてもいーですけど」

「うーん。あの、さ」 


 シュガーがそれでいいなら、こだわりなんて捨てるつもりだけど、やっぱり、そこまで割り切れない。


 このままシュガーが彼女で何がダメなんだろう?


「タマちゃんをずっとセフレにしているのが嫌だったら、ちゃんとした彼女を作って、セフレがいらないようになってくださいよ」

「なぁ、シュガー、やっぱり「は~い。それはダメでーす」……わかった」


 オレの彼女にはならないという決意は、なぜだか固すぎる。これ以上繰り返しても仕方ないだろう。


 とにかく、今は…… チュッ


「ふふふ。ごちそうさまでーす」


 イチャイチャと言えばイチャイチャだけど、なんだか妙な感じがしていたんだ。



・・・・・・・・・・・



 ふぅ~


 新宿の待ち合わせ場所まで送るというのを固辞して、駅で先輩に手を振って別れた。これ以上、貴重な時間を、ムダにさせられませんよ。


 さすがにラッシュも終わって、上り電車も、座席は空いてます。


『案外と大丈夫なものなんですね。もっと痛いのかと思ってたら…… いえいえ。相手が先輩だからです。とっても優しかったし。あるんですねー 嬉しい痛さって』


 まだ、脚の間に何か挟まってる感じだけど、幸せいっぱい。


『とうとう、もらってもらえました。これからはヤリほーだいですよ~』


 計算違いは、新井田先輩のことですけど、でも、こうなったらひたすら「セフレ」で押し通すしかないですね。


 昨夜、先輩は何度も「付き合おう」って言ってくれた。ホントに、素敵な人だ。


 でも、それはダメなこと。


『あの父親クソが、ここまで厄介だったとは思いませんでした。結局ヤツが最後の最後まで邪魔をしやがって』


 先輩は真面目な人だ。私とお付き合いをしちゃったら、たぶん、他の人を見てと言ってもダメだろう。


 私だって、他の男なんて見るわけない。


 そうなると必然的に、ずっとお付き合いすることになるし、先輩なら、卒業の時にお付き合いしていれば、そこでとしちゃうに決まってます。


『古川珠恵…… な~んて。ふふふ。照れちゃいますね。でも、それはダメなヤツです』


 私は顔を引き締める。甘い未来を夢見ちゃダメなんですから。


 誰がなんと言っても、ヤツ父親は犯罪者。どこでどうバレるかわかりません。「犯罪者の娘」と結婚したなんてことになったら、先輩にとっては取り返しの付かないマイナスになります。


『なまじ、そんなことで離婚してくれるような人じゃないですからね』

 

 先輩の輝かしい生涯に、そんなことでマイナスを背負わせるなんて絶対にできませんよ。


 それに、と思う。


 全部、ヤツのせいにはできないのは哀しいけど現実です。


 どんな理由があっても、パパ活までしちゃった女です。そんなバッチイ女とだけならまだしも、結婚なんてさせられませんよ。


 だから、私は、先輩のそばにいるけど、それ以上近づいてはいけないんだ。


『でも、悪いことばっかりじゃないです。ヤツがいなくなったおかげで、自由に大きく一歩踏み出せたんですから』


 ふっと顔を上げると、お日様から逃げるみたいに、私を乗せた電車が地下に潜るところだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

すみません。により、翌朝のシーンからになりました。

ということで「田中さん」になっても、シュガーはシュガーです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 









 

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