第5話 何が大変なの? SIDE:静香


 体育の時間。


 3年生の4月はバレーが続く。


 種目ごとに、その部活の人が準備や世話を焼いてくれるのが文川高校、通称フミ高の体育のやり方だ。


 先生は、怪我をした時くらいしか口を挟まない。


 静香のクラスのバレー部は二人だけだから、その二人に指示してもらってみんなで準備する。


 ネットを張るのが地味に大変で力のいる仕事だ。運動部の人が率先してやってくれて助かる。任せっきりにするのは申し訳ないけれど、みんないい人で、アッという間にしてくれちゃうから、静香のような文化部メンバーは、それ以外のお手伝いを主にやっている。


 早めに更衣室に来たのは私と佳奈かなだった。


 広田佳奈は、いつだって落ち着いている。そして人の気持ちをわかってくれる、とってもいい人だ。


 普段も仲が良いし、こういう時は自然とおしゃべりしながらの着替えとなる。


 話題はやっぱり新入部員のことだけど、一瞬、私の胸を見て「いつ見ても眼福」とか言うのはちょっと止めてほしいな。


「ごめん。一応、女子部活だと鉄板ネタというか、オヤクソクなの。許されたし」


 私の「イヤ」の表情に気付くのは佳奈らしい。でも、止めてくれないのは部活の掟みたいなものなんだって。


『まあ、男子じゃないし、気にしすぎか』


 祐太以外の男子に見られたら気持ち悪いけど、女の同士なら許せる範囲だもんね。


「ね、合唱部は、何人入ったの?」


「えっと、男子が2人、女子が4人かな。まだ4月だもん。上出来かなぁ」


 毎年、新歓コンサートの後に入ってくれる人が多数派だ。


「そっか。合唱は男子も必要だから大変だよね」

「女バスは?」

「ウチは12人来たよ。考え中の子があと2人。まあ、半分は初心者だから、大変は大変だけどね」


 女子だけで入部希望者が12人もいるんだから、女バスはすごい。


 文川高校はなぜか女バスが強い。佳奈はそこのキャプテンだ。顧問の峰岸先生はバスケ未経験者らしいし、ポワッとした感じなのに、なぜか部員達に大人気なのが不思議。でも、それは他の部からは言わないのがおヤクソクというモノ。


 誰だって自分たちのお気に入りを悪く言われたくないもんね。


 静香の想いを見抜いたように、佳奈が一つウィンクしてから言った。


「ウチは、ほら、バスケ界の沙津樹ちゃん効果だから」


 峰岸先生の知り合いだとかで、日本の女子バスケ代表選手である桐島渚選手がときどき見に来てくれるのは有名だ。


 桐島選手は美貌でも有名なスーパープレイヤーだ。だから超人気女優の沙津樹ちゃんになぞらえて「バスケ界の沙津樹ちゃん」と呼ばれてるから、1回来てくれただけでも人が集まる。


 いいなぁ。


他の部活も羨ましがってるけど、こればっかりはどうしようもない。峰岸先生の人脈がすごいんだよね。


 と言っても、人気の秘密は、そればっかりじゃないと思う。佳奈の人望のおかげだよ。女バスの仲の良さは群を抜いてるんだもん。いつか合唱部のみんなも、もっと打ち解けられると良いな~


 私も頑張らなくっちゃ。


 体育館への階段をゆっくり上る。


「今年の新歓コンサート、シズがソロを演るって?」

「わっ、耳が早い!」

「そりゃ、ね。情報はいろいろと入ってくるよ」


 佳奈がニンマリ。


 何で、もう知ってるんだろ?


 だって「幹部の交流会」で決まったばかりだ。おメグの提案に、神田君が賛成して、酒井君が強力に推してきた結果だった。元々、練習していた曲には、ソロパートのある編曲もあったから部全体としては問題なし。


 後は私が練習すれば良いだけ。


 確かに、話としたらそうなんだけど、予想以上にソロパートが難しいわ。練習あるのみなのはわかってるけど、なんか、殻を破れない感じで危機感もある。


 そんな私の様子を見抜いたかのように「きっと大丈夫だよ」とニッコリ。


「相変わらずシズってすごいって思う。新入生だけじゃなくて、ウチの新歓コンはよそからも見に来るんでしょ? 軽く見ても千人をこすって言ってたけど。そんな大観衆を前にソロなんて、もう、プロ歌手じゃん」

「あ、それは吹部すいぶと一緒だからね。ふふ。恥ずかしいし、緊張しちゃうけど、挑戦できるのは嬉しいかな」


 確かに難しい。でも難しいことに挑戦するのは楽しみでもある。ただ、見えない壁に突き当たって、今はそれが心配なだけ。


「シズなら、絶対に大丈夫だからね。自信を持って」

「だといいんだけど、実際に練習してみると、足らないところだらけで嫌になっちゃう」

「シズは歌のことになると夢中だもんね。ふふふ、古川ッチもたいへ~ん」

「え? なんで、そこで彼が出てくるの?」


 突然、ゆーの名前が出てくるなんて。純粋にビックリした。


「あ、ごめん、余計なお世話だったよね。たださ、横から見てると大変そうだなって思ったから」

「ううん、驚いただけだけど。何か大変そうなの?」


 確かに佳奈と三人で遊んだこともあるけど、普段は、アイツと佳奈ってあんまり交流してないよね?


「ウチら、一応、男バスとも仲が良いいんだ。それで、男子は、3年生にもなって、まだある人の勧誘を諦めてないの。そこまで言えばわかる?」


 ピンときた。


「酒井君が何か言ったの?」


 バスパート・リーダーの酒井君は、いまだに男バスに誘われているらしい。身長が185もあるし、スポーツ万能みたいだから、それはわかるんだけど。


 その人は、1年生の時に告白してきた人でもある。もちろん、その場で断ったけど、お互いに忘れたフリをしてきた。それなのに一体何を言ってるんだろ?


「聞いたよ。一緒にカラオケに行ったんでしょ、何度も。、すごく幸せそうだってさ」

「だって、それって合唱部の交流会だよ? それに、なんで、その話で彼が大変になるの?」


 今ひとつ、佳奈が何を言いたいのかわからない。皮肉やウワサだけを持ち出す人じゃないのは知ってるんだけど。


「だって土日は部活メインがウチらのデフォじゃん? たまの休みや空いた時間に交流会とかでしょ? で、サカッちは大喜び。これで古川ッチに同情しない子はいないと思うよ」

「え? なんで? 彼に同情?」


 言ってる意味がわからない。


 疑問符だらけで佳奈を見たら、マジマジと見つめ返された。

 

「シズ、それマジで言ってる? ……みたいだね」


 はぁ~ と佳奈は大きくため息をついた。これは本格的に心配されている感じだ。


「カナ? 私、何か悪いこと言った?」

「ううん。シズは悪くないよ。きっと本気で気付いてないのだろうから。でもさ」


 その時、階段の上から「カナ、ネット張るから!」と声がかかった。


「わかった!」

 

 返事をした佳奈は「とにかく、少しは古川ッチのことも見てあげなさいってこと。余計な口出ししてごめんね! じゃ、行くから」と階段を駆け上っていってしまった。


 むぅ~ 私は思わず口をとがらせてた。


 へんなの。


 ゆーの何が大変なんだろ? そりゃ、さ、合唱部の幹部会を優先させてるから、二人のお出かけも初詣以来だけど、ほぼ毎日、会ってるし。


 デートに誘ってくれるんなら優先しちゃうけど、誘われるのはだけだよ? それなら合唱部が優先。それはゆーも「そうしろ」って賛成してくれてるんだもん。


 アイツは無理なんてしてない。第一、無理するとか言う前に、告白もしてくれてないもんね。


 いつまでも放っておいた幼なじみちゃんが、毎晩のようにお部屋に行ってるんだよ? その気があったら、いつでも簡単に告白できちゃうし。そうしたら、キスだってできちゃうんだよ? 何だったら、その先だって……


 まさか私の方から迫るワケにもいかないし。そのくらいは待っても良いよね?


 アイツは私のオンリーワンだし、たぶん、私もアイツのオンリーワン。お互いに信頼しているんだから、何の無理もしてないはず。


 そのあたりの感覚は、他の人にはわからないんだろうな。


 でも、こういう忠告をしてくれる友人は大事にしなくちゃいけないよね。これからも頼りにしてるね、カナ。


自分で自分を納得させてから、準備の手伝いをしに階段を駆け上がった。






・・・・・・・・・・・・


とても、とても長い物語です。

フォローして、じっくりお読みいただけると嬉しいです。


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