第4話 シズカな憂鬱 SIDE:静香
電気を消したベッドの中で静香は、ため息をこぼした。
「ゆーったら! あんなに軽く言っちゃってさ」
毎日のように聞く「愛してる」が悲しさを通り越して、もはや腹立たしかった。
ぐっと、毛布を口のところまでかぶりながら「なによ!」と声が出る。
「本気なら、もっとムードのあるときに言ってくれるよね? 毎回、毎回、あ〜んなに軽く。いったい、どんなつもりで言ってるの」
初めて聞いた時は確かにインパクトがあった。
ときめいてしまった。
けれども、あれはコンビニで買った肉まんを渡した時に引き換えのように言われ言葉だ。ビックリだったけど、さすがに本気にできなかった。それ以来、何かと言うと祐太は「愛してる」と言ってくる。
「もう~ い〜っつも、あれなんだもん。あんな言い方だと、腹減ったとか、眠い〜 みたいな日常会話にしか思えないよ」
むくれると、普段はシャープなラインを持った頬が、幼子のようにぷくっ〜っとなってしまうのがクセだ。
今のところ、無防備なこの顔を知ってるのは母親と祐太だけだろう。ホントに気の置けない人にだけ見せる表情だ。
「そりゃ、さ、付き合うならゆー以外に考えられないけど、もうちょっとムードってモノがあるじゃない?」
合唱一筋の高校生活だとは言え、ガールズトークにカレカノの話がチョロチョロしている。お年頃だ。さすがに気になりはしてくる。今でこそ「古川君と付き合っている」と噂されたおかげで減ったけど、告白されたことだって何度もあるのだ。
静香もしっかりと思春期なのだから「祐太のことが好き」という素朴な感情を持ってはいる。
だからこそ、ムカつく。
「デートに誘ってくれてもいーのに」
実は、ここがすれ違っていることに静香は気がつけない。
祐太から誘われる「お出かけ」はデートの分類ではなかったのだ。
今度の土曜日に誘われたことだって、そうだ。
『もしもデートに誘ってくれたなら、絶対にゆーを優先するのに』
祐太が一生懸命に自分の好みに合わせてくれてるのはわかる。たぶん、市の特別展に行くつもりたろう。
「それは、私だって行ってみたかったけど」
はっきりとは聞かなかったけど、たぶん、そうだ。静香の好みを知ってる、信頼すべき幼なじみが、わざわざ誘ってくれたのだ。
けれども、単なるお出かけをするだけなら、今は合唱部のことを優先しなくてはならない。
『だって、交流会は合唱部のために大事だもんね。デートじゃないんだったら、こっちが優先だよ』
男子パートと女子パートの関係作りが最優先だった。
合唱部は男女比の関係で、どうしても女子が強くなる。現に歴代の部長、副部長は全て女子だった。今だって部長は静香で、副部長を萩原
自分たちの代で始めた「各パートリーダーの交流会」は、確実に良い影響を及ぼした。男子パートが一緒に動いてくれたおかげで1年生の男の子を早くも2人獲得である。
「このまま頑張れば、きっと私たちの代は上手くいくよ」
こういう時のクセでいちいち言葉に出してしまう。
副部長兼アルトパートリーダーのおメグこと、萩原
「男子も女子も仲良くなって、ウチらの代は史上最強の結束を目指すの。交流会はそのきっかけになる!」
始める前は「そんなに上手くいくかな?」と正直、疑問はあった。だけど、代案もないし、みんなで遊ぶのは悪いことじゃないと思うので反対はしなかった。
合唱部は男子パートと女子パートが演奏会の打ち上げ以外で遊ぶことなどまるで無かったのだ。仲が悪いわけではないが交流もない。そもそも男女パートの交流をしようという発想すらなかった。
それは、なんとなく「伝統」としか言えない壁のようなものだった。
それを変えようと「幹部の交流会」を提案したのがおメグだった。まず自分たちで動こうというアイディアだ。しかも上手くいっている。最近は男女の仲がすごく良くなった気がする。おメグのおかげだ。
あぁ、なんと頼りになる副部長なんだろう。
「ホント、おメグがこっちに入ってくれて良かった」
恵と静香は入学した時に同じクラスだった。自己紹介では男バスのマネージャー志望と言っていたのに、なぜか合唱部に入ってくれた変わり種だ。責任感の強さと計画性、それに洞察力や気配りがすごい。誰もが彼女を信頼した。
彼女の人柄が素晴らしくて、誰もがパートリーダになってくれることを望んだ。
しっかり者のくせに、案外と、おっちょこちょいで憎めないところもある。
「さすがおメグだわ。こんなに上手くいくなんて」
もしも、いなかったらどうなっていただろうと、ゾッとする。
何しろ、3月の卒コンは悲惨だった。
もともと合唱部は「男子合唱部、女子合唱部」と自嘲ネタがあるほど別々だった。特に静香達の代は、いろいろないきさつから交流なんて全くなかった。
卒業していく先輩方からは「私たちの代も大きなコトは言えないのだけど」と控え目に言われたのは、男子と女子のハーモニーが悪すぎると言うことだ。
自分たちにも、その自覚があったので耳が痛かった。
「あなたたちの代は、私たちよりも遙かに技術はあるし、楽譜の上では問題ないわ。でも、男女の間で、ぜんぜん心のつながりが感じられないの」
申し訳なさそうに伝えてくれた前部長だった。
そこから、かなり盛り返せた気がする。
交流会が良い方向に機能している。始めはぎこちなかったけど、おメグのアドバイス通り、交流会を頻繁に開いてきたおかげと言っていい。
『でも、その分、祐太とお出かけできないのは寂しいよね』
二人で出かけるのは楽しい。いつも、自分の楽しいところに連れて行ってくれるし、ちょっとしたことでも気を遣ってくれる。どんなときでも静香を優先して、優しさを見せてくれるのだ。
そして何よりも大事なのは、祐太の側にいるとホッとできる自分がいること。
飾らない自分でいられる。思ったことをそのまま言っても絶対に祐太は受け止めてくれる、そんな信頼があったのだ。
だからこそ、祐太といつも一緒にいたいというのは静香の自然な気持ちになる。
マンションの隣同士だったという偶然を何度幸せだと思っただろう。
一人暮らしの祐太を、母親が「ゆーちゃんを呼んで来て」と毎度のように夕食に誘えるし、自分が晩ご飯を作りに行くこともできる。二人で食べる夕食は楽しかった。
たまに「ゆーと結婚したら、こんな感じになるのかな」とこっそり妄想してしまうことだってあるほどだ。
それでなくても、祐太の部屋へ、まるで一軒の家のように部屋着姿で行くのも当たり前のこと。
ただ、一緒にいるだけで嬉しくなれるし、安心できる。
そんな相手だ。
もちろん、静香だって「男の子に襲われる」という話を耳では知っている。夜に男の子の部屋で二人っきりになれば、どうなってしまうのかということだって、考えたことがないわけでは無い。
でも、祐太が自分を襲うなんて考えられない。
祐太だって男子だ。たまに、というか、ちょくちょく男の子の目で自分の胸を見ることがあるのだってちゃんとわかってる。
真剣に考えた結果が今の静香だ。
つまりは「任せる」だった。
だって、他の男性の視線なら鳥肌が立つほどに気持ち悪く感じるのに、祐太の視線は違うのだ。ちょっと恥ずかしそうに、けれども思わず見てしまうという気持ちが伝わってくる。
そんな祐太を感じると、むしろ嬉しいと思えてしまう。
だから、外では絶対にしないような姿で…… Tシャツ一枚でも祐太の部屋になら行ってしまえる自分がいた。
『いつか、告白してくれて、デートにも誘ってくれたら、いいよ?』
祐太になら何をされても良いと思ってる。
『だって、祐太のことが好きだもん。好きだから、私に何をしても良いんだもん』
それが結論だった。高校生になってから何回も本気で考えてきた。
結論はいつも同じ。
とは言え、肉まんをあげた代わりの「愛してる」では先が思いやられる。
『きっと、祐太にはまだ、本気で女の子を愛そうって言う気持ちが無いんだよね。私のことは好きでいてくれるみたいだけど、きっとまだ恋愛なんて考えられないんだろうなぁ』
男の子は恋愛に関して、ひどく無頓着なタイプがいるよというのは、ガールズトークで仕入れた話だ。
『いつかはデートに誘ってくれるかなぁ』
きっと大丈夫と思いながらも、いつも不安なまま。だからこそ、眠るときは合唱部のことに行き着いてしまう。
一種の逃避かもしれない。
今夜も、いつの間にか新歓コンサートのためのあれこれを考えながら眠りについていた。
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