第3話 愛してるよ!
二人が学校に着いたのは7時55分。
合唱部の朝練に合わせた登校時間が、二人のいつもだ。
昇降口に他の人影は見えない。
向かい側の靴箱で履き替えている背中に顔を向けると、できる限りの何気なさを装って…… しかし、めいっぱい緊張しながら話を振った。
「なあ?」
「なぁに?」
首をちょっとかしげて振り向いた静香が、キョトンと見つめてくる。この自然な表情が可愛すぎる。祐太の心を奪う表情だ。
キュッと心を緊張させながら、口調はいつもの通り。
「新歓コンサートの追い込みはまだだろ? どう、今度の土曜日。部活の後に」
二人で出かけないかという、祐太からしたら精一杯の「デートのお誘い」だ。
コンサートに向けての練習が頭にあった。
合唱部は、ゴールデンウィークの狭間に「新歓コンサート」を吹奏楽部と共同開催する。他校からも聞きに来る人がいるくらいだ。
1200席の市民ホールが、毎年、満員になるのだから、まさに一大イベントだ。
秋に静香が部長となった。卒コンを経て、新メンバーだけでの初めてのコンサート。
『熱中して、忙しくなるのは目に見えているもんな』
それはそれで応援しているが、今年は初詣に出掛けて以来、一緒に遊びに行く暇もなくなったのが寂しかった。
『定番のバレンタインネタも、今年は普通のチョコだったしなぁ』
去年、おととしとバレンタインデーには、なぜか「弁当」を作ってくれていた。なぜか、というよりも静香の精一杯の好意とイタズラ心が込められて、お弁当の中にチョコが仕掛けられているのだ。
おととしはミニオムレツの中身がチョコだった。去年は椎茸の煮物があるなと思ったら、チョコで作られていた。いっそ、弁当全体を作るよりも時間と手間がかかるんじゃないかと思うほどの出来栄え。
もちろん、完食して弁当箱を返したが、受け取る静香の顔は、まさにイタズラ小僧の得意満面の笑み。
そんなイタズラが懐かしく感じる。
今年は日本で一番売れてる「赤いチョコ」を受け取った。しかも、駅のキオスクで買って、わざわざ一口齧ってから渡してきた。
今さら「間接キス」なんて気にするとは思えないが、これはこれで静香らしいイタズラ心なのだろう。
あれやこれやを考えても、けっして仲は悪くなってない。ただ、静香の「時間」が合唱部に全振りされているだけなのだ。
相変わらず毎晩のように祐太の家にやって来る。二人っきりで話している時間はいっぱいあるとは言え、たまには「デート」もしてみたいと思うのも男の子だろう。
『まあ、幼なじみだから一緒に遊びに行かなきゃいけないってもんでもないんだけど、たまには外で遊びたくなるよな? うん、普通だよな、オレ』
静香の好きな童話作家さんの特集が市の美術館で特集されてるのは、ちゃんと情報を集めてあった。
さりげない、しかし精いっぱいのデートへの誘い。
「あ~ う~ん、どうしようかなぁ。確かに午後はないんだけどね」
珍しい。言いよどんでいる。
「なんかあるの?」
「うん。半日練だけどぉ」
唇をキュッと締めたのは、静香が「ごめん」と思っている時のクセだ。
「ほら、2月からパートリーダーの交流会をしてるでしょ? それがまた入りそうなの」
交流会というのは、こんなに、いっぱい開かなければならないのだろうか? このところ、さらに頻度が上がって、ほほ毎週の土日だ。各パートのリーダーだから、男女4人で集まっていることになる。
『こんなに会う必要なんてあるのか?』
これでは、恋人同士のデート並では…… 浮かんだ疑問を慌てて胸の内からかき消す祐太だ。
邪推で合唱部の邪魔をするのは最悪だ。慌てて口調をのんびりさせた。
「あ~ そっか。じゃあ、そっちが優先だよね」
「ごめんね」
「いや、いいさ。いつだって行けるし」
まあ、仕方ないと笑顔が素直に出せる。半ばは諦めの境地ってやつだけど。
いくら周りから「付き合ってる」と思われていても、実際には恋人ってわけでもないのは祐太が一番よく知っている。
『プライベートを拘束する権利なんて無いし、静香を応援するなら、合唱部のことは優先させて上げないとだよ。むしろ、今度から先に予定を聞いてから誘うようにしないと。毎回、断らせちゃうと、気にするといけないからな』
静香が全力で頑張れるように、自分が足かせになるまいと言うのは祐太の本心である。だから、キッパリと諦めが付く。
「じゃ、また夜にでも。愛してるぞ、静香」
「ありがと、ゆー」
学校では、ちょっと勉強ができるだけのモブだ。誰からも愛される静香に話しかけるのは恐れ多い。一応「合唱関係の人達の邪魔にならないように」という名目で、学校ではなるべく喋らないことにしている。
静香は、その「ルール」に不満のようだが、さすがに3年目ともなると、いまさらとなる。
いつものやりとりでお別れというか「二人きり」の時間が終わる。昇降口から一歩入った瞬間から「モブのお友達」になるわけなのだ。
合唱部のマドンナはあちこちから声がかかるのだから、邪魔をしたくないと心から思う祐太だった。
『インキャのすくつ文芸部の部長といたしましては、いち早く教室の片隅に移動するに限りますよね~』
朝のホームルームまでに、連載中の小説を書き進めてしまおう。
階段を上りかけたときに声を掛けられた。
「おはようございます、先輩」
ショートカットのスラッとした2年生の女子。ニコニコと祐太の腕を捕まえてくる。
胸に当てようとしてくるところをサッとかわした。
「あ、おはよ、佐藤さん」
「せんぱ〜い、そろそろ美少女な後輩ちゃんを下の名前で呼んでくれてもいーころでは?」
「あ~ 自分で美少女とか言っちゃう」
「だって、先輩が言ってくれないから」
「いや、えっと、ほら、そっち方面オレ苦手だし。それにしても、シュガーの下の名前かぁ」
文芸部2年生の佐藤珠恵だ。ショートカットというか、校則違反ギリギリのウルフカットは挑発的だけれども可愛かった。
『静香がいなければ、マジで、惚れていたかもしれないんだよなぁ、性格も真っ直ぐだし、明るくてよい子だし』
束の間考え込んだ祐太に、美少女は嬉しそうに微笑んで見せた。
「シュガー? ふふふ。先輩、それでも良いですよ!」
「いいのかよ!」
「先輩のトクベツ、いただきました~ あ~ 今日はなんて良い日なんでしょ!」
素直な性格って言葉ですませられないくらい前向きで、真っ直ぐに祐太のことを思ってくれてるのが伝わってくる。
『だけど、その思いを受け入れるわけにはいかないんだよね。だってオレは静香が好きなんだから』
そう思いながらも無下にはできないし、かと言って受け入れることもできないのが辛いところ。そうなると「タマって呼んでください」という特別扱いの要求を、こうして拒否し続けるくらいしかやりようがなかった。
それにしても、しまった。「シュガー」も特別だったか。
世の中、思うとおりにいかないなぁと内心で苦笑いをする祐太だった。
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