第6話 春、遠からじ  SIDE:光輝


 合唱部にしておくのは惜しい、とバスケ部からの勧誘がいまだに続いている酒井光輝みつきはバス・パートのリーダーである。


 18センチの身体に、抜群の運動神経。代々の資産家でもある育ちの良さからにじみ出る柔らかい雰囲気。まだ、みんなに内緒にしているが、実は世界的な音楽家である両親譲りの非凡な音楽センスを持っている。


 ついでに顔も良い。顔面偏差値70超え、と女子の間で言われている。


 学校の内外に固定ファンまでいて、中学の時から告白されたことなど数知れずだ。


 そんな男が胸をドキドキさせて、女の子への次の言葉を探しているのだから恋というモノはままならない。


『今度こそ、成功させるんだ。そのためには、ここからが大事だぞ』


 光輝は緊張している。


 なにしろ、1年生の夏合宿で自信満々に告白したら、瞬間的に粉砕されてしまった。


 告白を断る言葉に困ることがあっても、自分の告白が断られることなど考えたことのない光輝だ。


 まさに屈辱もの。


 しかし、だからと言って静香を恨む方向には行かなかった。ますます好きになってしまったのが不幸だったのかもしれない。モテ男が静香に執着してしまったのだ。


 3年生になっても静香への想いは冷めやらぬ。いや、ますます熱を上げてしまっていると言えるのだろう。


『何が何でも一緒にいる時間を多くする。そして邪魔者の排除だ。やるべきミッションはすごく単純なんだ』


 まずは「付き合っている」というウワサの古川を出し抜くことだ。今のところ「彼氏」の扱いではないらしいことが救いだが、静香にとって気になる人間であるはずだ。


 蹴落とすべき存在だ。


『ヤツとの時間を奪って、しかもオレと一緒にいる時間を増やすために交流会をなるべくたくさん開く。一石二鳥ってヤツだ。完璧な作戦だよな』


 合唱部の結束を固めるという大義名分は大きかった。おまけに、気働きで評判のアルト・パートリーダーの萩原恵も積極的だ。おかけで「まずはパートリーダーがまとまらないと」と交流会を定例化させ、しかも毎週のように開けた。


 合唱部のためだと思えば絶対に断られない。しかも、静香らしい大人の対応で、合宿での告白もなかったことにしてくれている。


 警戒はそれなりにされてしまうのだろうが、公には「一人の友人」として接してくれているのだ。


 とにかく、静香を手に入れるためには、ありとあらゆる手段を使う。それが光輝の気持ちだった。


 それに、それに!


「交流会」と言う名の、ちょっとした複数デートは最高だった。最初は、ただ「おしゃべりするだけ」だったのに、もっともっと活用すべく提案したのは「カラオケ」だった。


「もっと仲良くなるなら、やっぱオレ達にとっては歌だよね」


 みんなで毎回、カラオケに行くことにした。デュエットとはいわずとも、狭い空間でハーモニーを響かせれば部活の時とは違った一体感が出るのは大きい。


 恵も積極的に「カラオケは、みんなが仲良くなるために、とっても良いアイディアね」と賛成してくれた。


 歌うことなら静香だって喜んでくれる。もちろん反対はされなかった。おかげで「交流会」は光輝にとってカラオケデートといった楽しさだ。


 しかも、である。恵のがハンパない。


「せっかくカラオケに来たんだから男女で混ぜて座ろうよ」


 座る場所をクジで決めようと提案してきた。最初は光輝も驚いたが、渡りに船というヤツだ。ラッキーな提案として全面賛成した。二回目の集まりでは、見事に静香の隣になれた。最高だった。


 そして、今日の提案は、さらに右斜め上である。


「前回、今回で隣の席を交代したでしょ? やっぱり隣同士だと喋りやすいし、ペアだと四人とは違った話もできるのは良かったと思うの。だから今回は男女ペアで2時間ってどう? その方が、いろいろと細かい話ができたりするでしょ?」


 戸惑うフリをしながらも、内心狂喜した。なんと素晴らしい提案なんだろう!

 

 こんな提案を光輝がしたら瞬時に静香は却下したはずだ。


 しかし、恵が言い出したから困惑レベルでいてくれる。とはいえ、最初は「みんなの方が良くない?」と抑えた反対の姿勢を取っていた。


 テノール・パートリーダーの神田雷漢らいかんは「どっちでも」と言葉が少ない。落語家の息子のくせに、極端に無口なのだ。

 

 ここで自分が、顔をして裁定を下すのが光輝の作戦。


「じゃあ、とりあえずやってみようか。それで上手くいったら、次回も採用しようよ。部のために前向きなことは、なんでもやってみないとだからね」


 こういう時、他意の無さげな表情を作るのが自分でも上手いと思う。結局「部のため」という言葉で静香の反論はトーンが落ちた。元々、恵の提案である以上、絶対反対というわけではなさそうだったのだから、これで決まった。


 初回は雷漢と静香、光輝は恵との組み合わせだった。


 ちょっとガッカリしてしまったのは事実だったが「次回は静香と組めるじゃん!」と前向きに捉えるのを忘れてない。

 

 しかも、意外に楽しかった。


『へぇ~ みんなから「おメグ」って言われるだけあるな。姐さん肌って言うのか、良く気が付くし、テキパキしてる。そのくせ、さりげなくオレのことを立ててくれてる。みんなが言うとおり、すごく良い子なんだなぁ』


 一生懸命、気を遣ってあれこれしてくれる子だ。しかもアルトとは言え音域の広い恵と歌うとハーモニーが響くのも良い。


『それに、案外と警戒心のない子だったんだね』


 狭い部屋でふと身体に触れてしまう。慌てて謝っても「気にしすぎ。狭いんだから当たり前だよ」と笑って流してくれる。


 一度など、マイクを取ろうと手を伸ばしたところに、ちょうど恵が反対に手を伸ばしたせいで、モロに手が胸元に入ってしまった。


 ダイレクトにブラの胸を触ってしまったのである。

 

 事案発生、というやつだ。


「ごめん!」


 触れた瞬間手を引っ込めようとした光輝と、手を避けようとした恵の動きがシンクロしてしまったせいだろう。触るなんてものじゃない。ムギュッと握る形になってしまった。光輝の大きな手で半分包まれてしまう、意外に大きな胸。


 柔らかい。


 いや、そんな感想などは後から思いだしたこと。その瞬間は、さすがにヤバいと顔色を変えて謝る光輝。触れたどころの話ではない。


 悲鳴を上げられても、おかしくないのだ。


「ごめん、ごめん、ごめん」

「一緒に歌うんだから、そんなこと意識しすぎないでいいんだよ? 単なる事故じゃん」


 謝り続ける光輝に、肩を一度すくめただけで、むしろ「ほら、気にしないで」と言って光輝の腕を抱えるように組んできてくれた。


「光輝に悪気があったんじゃないって知ってるし。私は嫌な気持ちになってないから、大丈夫だから」


 光輝に気を遣わせないためだとはいえ、まるでカレカノで来ているかのような密着をして、一緒の写真まで撮ってしまうサービスぶりだ。


「ほら、こうして証拠写真を残しましょ? 私が嫌だって思ってなかった証拠になるから。でも、うっかり誰かに見せたりしたら、光輝のファンの子たちに、私が殺されちゃうからね?」


 つまりは誰にも見せないし、後でツベコベ悪い噂を立てるつもりもない。何かあったら、自分は悪くないという証拠に使えと言ってくれているのだ。


 遠回しにだが「だから、絶対に後で責めたりしないよ」という約束をしてくれたみたいなものだ。さすが、気働きのできる女の子はすごい。


 「チカン」と言われかねないことをしてしまった光輝としては「助かった」と思ったのが正直なところ。


『ヘンな女の子だと、これをネタに付き合ってくれとか言い出しかねないもんな。その点で言うと、おメグは優しすぎだよ』


 ただし、一瞬『この子はオレを好きなのか?』と疑ってしまった。悪いクセだ。自分と付き合いたがる女の子があれこれと「策略」を用いようとしてきた経験が悪い方へと考えさせるのだ。


 だが、おメグはそんなニオイをつゆもさせない。しかも、一段落して持ちかけてきた話題がすごい。


「なんだったら、せっかくの二人きりなんだもん。普段できない相談も乗るよ? 光輝の好きな女の子の話とか」


 目配せで隣の部屋を示している。


 静香への気持ちがバレてるらしい。その上での振る舞いなんだと気が付いて、やっぱり芯から優しい子なんだと見直す光輝だった。


 おかげで、心を開いて話ができた。思った以上に楽しかったし、も大きかった。静香のことも含めて、いろいろと情報やらアドバイスやらを受けられたのだから。


『これはマジで良かったよ。最初が恵との組み合わせになったのは、天の采配ってヤツだったかもな』


 普通なら静香が他の男と二人っきりになるシチュエーションは避けたいところだ。しかし相手が雷漢なら安パイである。声こそよく響くが、話し下手だし彼女を作ったこともない真面目派だ。静香を口説くとも思えなかった。


 これが土曜日のこと。


 いつもと違うことと言えば、帰りに駅で新入部員の長谷川さんとすれ違ったくらいだろうか。


 もちろん、光輝は笑顔で声を掛けた。静香と恵も楽しげに声を掛けていた。春向きの軽やかなピンクのシャツブラウスに、ふわりとした白のスカート。高校生になったばかりの後輩ちゃんが目いっぱいオシャレしようとしてる姿だ。


 雰囲気的にデートだと察する優しい先輩達である。サラッと挨拶だけ交わして、サラッと分かれる。


 ヤボは禁物なのだ。


 雷漢は、いつものように寡黙。むしろ苦笑いに近い表情だ。それはそれで、雷漢らしいとも言える。


 ともかくも、あっちこっちに「春」が来ているのだろう。


『オレにも春が来て良いよね!』


 そんな風に、幸先良く思えた翌日の日曜日。


 楽しみにしていた。


 静香とカップルルームで二時間過ごせる。


 おメグの時のような「ラッキースケベ」までは期待しないまでも、それなりにを期待してしまうのが男の子というモノだった。





 

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