梅雨




 丁度梅雨明けの日だったらしい。

 お互いの両親と俺と梅田さんと小学三年生の俺の幽霊と小学三年生の梅田さんの幽霊だけの超こじんまりとして、お互いの両親の大号泣を誘った結婚式から一か月が経った。

 俺と梅田さんはそれぞれの実家と、彼女が普段は住んでおらず管理している別宅の平屋を行き来していた。

 通い婚というやつだろうか。

 基本的には自分の実家で暮らしているのだが、時にお互いの実家に、時に平屋で寝泊まりした。


 小学三年生の俺の幽霊と小学三年生の梅田さんの幽霊はまだ居た。

 ちょこちょこついて来たり、ついて来なかったり、自由気儘に過ごしている。




「梅田さん」

「ああ。入って来てくれ」


 今日は二人で平屋に寝泊まりしていた。

 梅田さんの暴力は時々振るわれたけど、俺に対して、じゃない。

 俺に対して振るいそうになる暴力を寝室にある俺の布団にぶつけていた。


 一時間経ったら、迎えに来てくれ。

 梅田さんにそう言われてから、今までずっとそうして来た。


 梅田さんが寝室に静かに入ってから一時間経って、寝室に入る前に扉を叩いて、梅田さんの名前を呼んで、梅田さんの了承を貰って、扉を開けて、ベッドの端で座る梅田さんの隣に座れば、梅田さんが仰向けになる。

 俺は投げ出された梅田さんの手の甲を、時に掌を優しくテンポ悪くぽんぽんして、梅田さんは静かに眠りに就く。


 静かに淡々と過ごしているわね一緒に住まないし熱々じゃないのね平熱なのね。

 まあ三十九歳でいい歳だしきゃぴきゃぴしないで落ち着いて過ごすもんだうん。


 お互いの両親によく言われているが。

 確かに表面上は静かに淡々としているだろうが。

 その実、時々、しょっちゅう、雄叫びを上げたくなる。

 身体の中でずっと渦巻く多幸感で。

 どうしようこんなに幸せで爆発しない。

 って怖くなるくらい幸せだ。


 例えば、お互いの本願である一緒に片手読みができなくても。


 多分。絶対。俺と梅田さんが一緒に片手読みをしたら、小学三年生の梅田さんの幽霊も小学三年生の俺の幽霊も、消えるか戻るかしてしまう。

 それが自然の摂理なのだとも思う。

 けれど。


 過去の後悔を拭い去る為か。

 現在の多幸を味わい尽くしてほしい為か。

 愛着が湧いてしまった為か。

 消失を恐れている為か。

 ただ。

 二人が並んで一緒に片手読みをしている姿を見ていたいのだ。

 まだまだ。


(多分、いけないんだろうけど)


 バイブレーションにしていたスマホをポケットから手に取ると、母親からの着信音だった。

 ああ、これは多分。

 内容が想像できた俺は寝室からそっと出て、居間のソファに座ると電話に出た。

 やっぱり、また本が二冊勝手に浮いていると言う話だった。

 うん、ごめん俺たちです。











(2022.9.12)


 

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