沛雨




 結婚をしようか。


 梅田さんが言った。

 俺が言った。

 同時に言った。


 白紫陽花に囲まれている円錐形の建物の中で、一緒に踊った昼。

 自然と手が離れて、自然と求婚していた。


 三十九歳というなかなかの年齢故に。

 親を安心させたいからか。

 自分を安心させたいからか。

 関係に名をつけたいからか。

 長く多く会う為の手段としてか。


 うん多分、そうだ。

 四番目が一番今の気持ちに添っている。

 別に結婚しなくても同棲でも交際でも長く一緒に居られるだろうが。

 けじめ、みたいなもんか。

 いやそれとも決意、か。

 会いたいって気持ちに対する。


 俺が言って、梅田さんに言われて、


 じんわりと。

 胸がいっぱいになって。

 じりじりと。

 胸が熱くなって。

 だばばばばっと。

 一気に落涙したかと思えば、泣きじゃくってしまった。

 うええええ。

 こんな刻まで情けねえ。


「君の苗字をもらうけど、二人の時は梅田さんと呼んでくれないか?」

「ヴン。オデモノダカザンッデヨンデヴォシイ」

「ああ。野中さん。これを使ってくれ。濡れているけど」


 ジャージのポケットから取り出して絞って手渡してくれたハンカチを一瞬躊躇するも、有難く受け取って涙だけを拭った。

 次から次へと出て来るので、ハンカチはすぐにびしょ濡れになるけど、その度に絞って何度も何度も拭い続けた。

 視線の端では、もう消えていても、戻っていてもおかしくないはずの、小学三年生の俺の幽霊も大号泣していた。











(2022.9.10)


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る