瑞雨
数えた事があったはずなのにもう忘れてしまった純白の鳥居を潜り終えては、盛大な白紫陽花に迎えられて今、私は白紫陽花に囲まれている円錐形の建物に入っていた。
建物に扉はなく、前後に楕円形の入り口がぽっかりと空いて外の白紫陽花が眺められる仕様になっており、中央には丸くて大きい木の机が一つと、それを囲むように背もたれのない丸い椅子が九つ、そして、建物の縁にぽつりぽつりと小さくて長方形の本棚が置かれており、建物の下半分はモルタル壁、上半分はガラス張りになっていた。
気付かなかったが雨に降られていたのだろう。
額に張り付いていた前髪を払った。
びしょぬれのジャージを絞ろうかと考えたが、寒くはなかったのでそのままにして椅子に座った。
「はい」
ついて来ないで、彼の家で一緒に片手読みをして来ればよかったのに。
そうしたらきっと、私の中に戻ったはずなのに。
思ったが、非難はせずに、彼から受け取った一冊の本を彼女に手渡した。
緑の蔓に銀色の丸い果実の植物が表紙に描かれている本だった。
植物の名前は知らなかった。
題名は読めなかった。
「これで終わりにしてくれ」
ぽんぽんと隣の椅子を軽く叩けば、彼女は素直に座って片手読みを始めた。
幽霊なのに本に触れるなんて。
もしかして、物に触れないという幽霊の常識が誤っていたのか。
もしかして。
私が偽者で、彼女が本物なのでは、と。
詮無い事を考えながら、やわく作った拳を顎に添えて彼女を見続けた。
心は不思議と凪いでいた。
謝れたからだろうか。
お礼を言えたからだろうか。
二度と会わないと言えたからだろうか。
彼から一緒に片手読みをしようと誘われたからだろうか。
彼が選んだ本を受け取る事ができたからだろうか。
(よし。これで終わりだ)
一枚、また一枚と、終わりに近づいている。
すべて読み終えたら。
もう。
「ありがとう」
私は彼女に言った。
心の底から。
彼女は本を見たまま無言で小さく頷いた。
ゆっくりと頁を片手でめくっていった。
そうして彼女はすべてを読み終えた。
(2022.9.6)
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