宿雨
無言でって。
無言でって、
どこのガキだよ。
絶対に顔から炎が噴き出していると思いながら、梅田さんに差し出した二冊の本の行方を固唾を飲んで見守っていると。
小学三年生の梅田さんの幽霊が受け取ってくれようとしていたので、心臓が跳ね上がったが、梅田さんが手で制したので、心臓が縮み上がった。
早く何か。
早く言わなければ。
焦りで咄嗟に開いた口を即座に閉じて。
ゆっくりと細く、息を吸って息を吐き出して。
梅田さんの顔を見て。
梅田さんの目を真っすぐ見て。
小学三年生の梅田さんの幽霊を見て。
小学三年生の梅田さんの幽霊の目を真っすぐ見て。
梅田さんの目に俺の目を留めて。
心の中で。
一緒に言うぞと。
後ろに居る小学三年生の俺の幽霊に話しかけて。
小学三年生の俺の幽霊が俺の横に立ってから。
言った。
一緒に片手読みしないか。と。
とても涼しい顔をしていると思うが、心臓は忙しなく多様な動きをしていた。
(私は、)
挙動不審の彼を、彼らを見て、思った。
ゆっくりと優しく本を受け取って、一緒に片手読みをしようと頷いて。
どういう関係になりたいのか分からないまま。
ただ穏やかな時間を過ごす。
無理だ。
私は彼に恐怖を植え付けた。
もう消し去る事はできない。
謝ろう。
謝って、もう二度と姿を見せないと言おう。
言葉にしてしまえばきっと。
後悔は奥底で生き続けるだけ。
表には出て来ない、はず。
だけど。
(幽霊の私だけは叶えさせたい)
私は彼の目をしっかりと見て。
頭を深く下げて。
彼の目を静かに見つめて。
ごめんなさいとありがとうを伝えて。
もう二度と姿を見せないと伝えて。
一冊だけ本を受け取って。
静かにこの場を立ち去った。
(2022.9.6)
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