暑雨
「一緒に片手読みをしないか?」
びっくり仰天や遥かなる疑問で身体が停止するよりも先に、口が動いていた。
多分。いや、確実に。
俺はずっと後悔していたんだ。
小学三年生の時に、梅田さんに一緒に片手読みをしないかと誘わなかった事を。
どんなに不格好でも下手を打っても誘うべきだったんだ。
この不可思議現象を探求解明する思考はどこぞに放り出して。
梅田さんを見ていた俺は返事を受ける前に小学三年生の俺を見た。
三十代の俺よくやったと。
きっと、喜色満面無邪気な笑顔で、小学三年生の梅田さんに駆け寄るに違いないと思っていた。
のだが。
「え?」
やだこれなにこれ。
すごい赤面大丈夫そんなに赤くなってつーか赤黒くなって。
しかもすごい手を擦り合わせている煙出ているよ火事になっちゃうよ危ないから手を止めて。
「ちょ」
止めて止めて止めて。
恥ずかしさが伝播するから超恥ずかしくなったから梅田さんの顔が見れなくなっちゃうからやーめーてー。
元気に駆け出して三十代の俺を引っ張ってよ。
え?無理?できていたらとっくにやってる?
そーだよねー。できていたらとっくにやってるよねー。
よし。ここはやっぱり年上の俺が年下の俺に見せてやろうじゃないか。
これまでの積み重ねてきた年月で。
少しは。微々は。成長したって事を。
俺は再度梅田さんを見ようとした。
めっちゃ見ようとした。
頑張ったよとても。
でも。視線は小学三年生の俺にくぎ付け。ついでに小学三年生の俺も三十代の俺にくぎ付け。
「「………」」
流石は自分同士。
目と目で会話して意思疎通はバッチシだ。
早く動けって責め立てている。
早く早く早く。
梅田さんが何か言うより先に。
てゆーかもしかして何か言っている?
かつてないほど頭が混乱していて言葉を弾き返している?
あばばばばばば。
俺は梅田さんを見ないように、超高速で目を動かした。
動かして、動かして、気持ち悪くなってもまだ動かして、目当ての物を発見。
屈曲を備え付けられていない人形のように、身体を左右斜めに大きく揺らしながら動いて、目当ての物を本棚から取り出すと、同じ動作で梅田さんの足元を見ながら近づいては止まり、差し出した。
無言で。
二冊の本を。
梅田さんと、小学三年生の梅田さんの幽霊が片手読みする本。
片手に掴んだままもう二冊は俺と、小学三年生の俺の幽霊が読む用。
四人で片手読みがしたかったんだ。
(2022.8.25)
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