霧雨
俺の身体が微動しているのは、彼女に再会できた感動も確かに含まれていると思う。
けれど、感動だけかと問われれば、そうではないと断言できる。
恐怖。
彼女に物を投げられたり、叩かれたり、蹴られたりした恐怖の記憶が骨の髄まで染み込んでいる所為だ。
本当に梅田さんなのか。
面影が全くない。
目つきは怖いし、甘えた仕草でよく接してきたし、お金をよく要求してきたし、要求したお金を渡せない時とは別に、時々理由もなく暴力行為を起こしていたし、小学三年生の、静かな眼差しに落ち着いた態度の彼女とはまるで別人だ。
ショッピングモールで運動靴を買い終えた時に、彼女から声をかけてきたのがきっかけで付き合い始めた。
お互いに本気じゃなくて遊びだからって本名を名乗り合わないで、俺は【だい】、彼女は【えん】って言い合おうって事にして、彼女が普段は住んでおらず管理している別宅の平屋で過ごしたり、映画館や水族館、ショッピングモールに行ったりして。時々何々が欲しいからとか必要だとかでお金を渡して、時々暴力行為があって。
半年。
いや、それより短いか。
暴力行為があった後ではない。
彼女の平屋でソファに座って、黙ってコーラを飲みながらテレビで放送されていた映画を一緒に見ていた時だ。
もういいやって。
彼女から別れを切り出された。
珍しく静謐に。
そう言えば。
いつも別れを切り出すのは彼女たちだったな。
ひどい目に遭っているのは俺なのに。
別れようとは思わなかった。
ただ、暴力だけは止めてほしかった。
彼女、梅田さんは母親に通された居間のソファに座ったまま、母親が用意した緑茶に手を伸ばさずにずっと黙って見ているだけ。
クーラーと扇風機と、微かな雨音だけしか聞こえない。
両親がちょっと散歩してくると言って家を後にした時は、天気雨ですぐに止むだろうと思っていたのだが、今は少しどんよりしている中で雨が心地よく降っていた。
俺も手を伸ばさずにずっと見ていた緑茶から、少し、だけ、視線を上げて、梅田さんを見た。梅田さんの右肩の辺りを。
いつもは艶やかで整っていて肩の辺りまで伸ばした少し長い髪は、暴風雨にでも巻き込まれたのか、ぼさぼさで艶もなくて。
いつもは、愛らしいとか、可愛らしいとかの言葉がよく似合う洋服を着ていたのに、上下黒のジャージ姿だし。
いつもはまっすぐにこちらの心を射抜く怖い目も、星を飛ばしてくる小さい背中も伏せったままだし。
いつもは少し作っているのではと勘ぐってしまう少し高く可憐な声音も、今日は少し低くて落ち着いたものだったし。
再会できて本当に嬉しいのに。
再会してしまって、とても怖い。
本当に。
彼女たちが思い描いたように、手際よくいなせていれば。
恐怖心が染み付く事なんてなかったのにな。
別れを切り出される事もなくて。
案外、一人目の彼女と結婚していたりして。
全然、想像できないけど。
はは。
思わず、乾いた笑い声が出ると、微かに微動する右肩。
ゆっくりと上がる視線。
怖い目つきは変わらないのに。
恐怖か、感動か、心臓がさらに飛び上がりまくるし。
毛穴という毛穴から意味不明な冷や汗が流れ落ちているような感覚に襲われているし。
口元と目元が不規則に痙攣しているし。
全身の微動も止まらないし。
会いたい。
会いたい。
会いたいって、ずっと想っていて。
梅田さんに。
「梅田さん。会いたかっ「うるせえ」「うん?」
ぶっきらぼうな口調に、時が止まった。
新たなキャラが登場するのですか?
それとも、
(2022.7.28)
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