私雨





 あれ。

 今度は。

 ああ。

 んん?

 あれ。

 俺はまた花嫁衣装を着た梅田さんと一緒に踊っている。

 円錐形の建物の中、小さくて長方形の本棚より上の空中で。


 俺は多分笑っている。

 梅田さんも笑っている。

 笑っているのに、どうして悲しそうだって思うんだろう。


 梅田さんが何か言っているけど、雨や雷や風の音で全然聞こえない。

 俺の声も一文字も届かないだろう。

 吐息さえかかる距離まで詰め寄っても。

 けれど声が届かなくてもいいのではないだろうか。

 だって声の代わりに手が届きそうだから。

 そうだ。

 今なら手を合わせる事もできるだろうってのに。

 躊躇してしまう。

 今しか機会は訪れないだろうに。

 手を繋ぎたい、というよりは。

 ただのハイタッチ。

 天空まで、宇宙の果てまで届くような軽くて響きのあるハイタッチだ。


 やったねって。

 何かを成し遂げた気分だったから。

 何かって。

 片手読み。だっけ。

 片手読み。

 梅田さんの心を揺り動かす事ができたのなら。

 結婚。

 ああそうか。

 俺は彼女の心を少しでも、僅かでも、揺り動かす事ができたのか。

 だから俺は死んで、彼女と一緒に、天空へ行くのか。

 天空へ行くまでの、僅かな結婚生活か。

 両親には、悪い事をしたな。

 先に逝っちまうなんて。

 せめて看取ってやりたかったな。

 結婚は、やっぱりできそうにないから。




 梅田さん。

 ごめんな。

 ごめん。

 

 俺、思ってしまったんだよ。

 願ってしまったんだよ。


 


 

「「ごめん」」





 刹那、雨や風、雷が止んだのだろうか。

 それとも、届けたい気持ちが自然現象を上回ったのだろうか。


 涙を流す俺と梅田さんの重なった声が、言葉が確かに聞こえた。











(2022.7.20)


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