源泉
ついさっきまで悪寒がしていたのに、今は暑くて、熱くて、たまらない。
温度が急上昇して、熱雨、否、自然噴出した源泉がこの地に集中して注ぎ込んでいるのではないか。
それとも。
雨に打たれたせいで風邪をひいて、ひどい高熱が出たのだろうか。
呼気と言わず、全身から湯気が出ている、ような気がする。
熱の原因が身体の内か外か両方か、分からないが。
とにもかくにも。
腹をくくったのだ。
俺はこれまでの俺を信じて、片手読みを成功させる。
彼女の心を動かしてみせる。
「大丈夫かい?」
「ああ」
低音で落ち着いていて響きのある声を己の身の内から出した事に内心驚きながら、椅子に腰をかけて無意識に手に取っていた本を見る。
真四角の絵本だ。
内容は知っている。
にらめっこの絵のみで進む幼児向けの絵本で、片手に収まる程度の大きさ、頁数は三十六枚、紙は少し厚手。
よかった。
内容も外装も内装も熱に侵された今の俺に適している。
片手読みはただぺらぺらぺらぺら無感情に頁をめくればいいってもんじゃない。
本と真摯に向かい合う為に内容も理解しようと努めつつ、美しく、静かで、清らかで、かっこよくて、見ている相手を、否、見ていなくてもついつい見てしまうように引き込む、引きずり込む心根を抱き姿勢を取りつつ、頁をめくるのだ。
ふうと、彼女の耳に入らないように、静かに熱い吐息を一息だけ空へと押し出す。
本を持っていない片手は太ももの上に軽く置く。
本を持つ片手は、表紙を支える中指、薬指、小指、そして頁を押さえる人差し指には力を入れて、頁をめくる親指と肩、顔の力を抜き、瞳に鈍い光を宿し、準備完了。
いざ。
穏やかな心中に似つかわしい雨音を背景音楽に、俺は手を、運命を自ら動かし始めた。
(2022.7.8)
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