零雨





 彼女の後を追ってどれほど歩いただろうか。

 足の疲労度を鑑みるに、あの墓地からそれほど距離は離れていないように思えた。


「ここに来たかったんだよ」


 彼女が振り返った時が合図だったかのように、煙雨は一旦止んで視界が一気に拓けたかと思えば、眼前にはきざはしのように純白の鳥居が何百と緩やかな丘の上で連なっており、その奥にはかろうじて青と緑の塊が見えた。

 紫陽花だよ。

 彼女は言った。

 ぽつぽつと零雨が降って来た。


「彼女。憧れの司書さんがここで結婚式を挙げるのを見たんだ」


 彼女はゆったりと純白の鳥居をくぐりながら進むので、俺も続いた。

 数えながら。今は四十。

 大手を振っては通れない狭さの中を進むにあたり、どうしてかこの刻、天国への階段だと思ってしまい、動悸はますます激しくなっていった。

 彼女は俺の異変に微塵も気づいてないだろう。

 静かで穏やかな口調のまま、言葉を紡いだ。


「すごくきれいだった。輝いていた。この世のすべての光が、やわらかい慈悲の光が彼女に集まったみたいに。彼女自身が照らしていたんだ」

「だから」


 彼女に届けたいとの意思が皆無の呟きは、けれど彼女の耳にしかと入ったようだ。

 ああと肯定した。


「だから、花嫁衣装を着ているのかもな。ここに来たのも。彼女への憧憬がそうさせたんだろう」

「梅田さん」


 思わず名前を呼んでいた。

 立ち止まってほしいと。

 けれど彼女の歩みは止まらなかった。


「何だい?」

「いや。あの。さっきの。結婚してくださいって返事。聞いてなかったなって」

「息が切れているな。運動不足かい?」

「ああ。そうかも」

「休むかい?」


 彼女の足を止められる願ったり叶ったりの提案だったのに、どうしてか頷いてしまえばここで終わりだと思ってしまった俺は、いや行こうと言ってしまった。


「無理はしないでくれよ」

「ああ。大丈夫。それで返事は、どうでしょうか?」

「うん。うん。そうだな。同じ司書さんに憧れる者同士だ。気は合うかもしれない。ただ結婚となるとな」

「え?」


 同じ司書さんに憧れる者同士?

 寝耳に水の発言に大きな声を発してしまっていた。

 彼女は内緒だったかな申し訳ないと謝った。


「ほら。君も図書館でよく片手で本を読む練習をしていただろう。だから君も彼女に憧れていたのだと思っていたんだが。もしかして違っていたか?」

「ち、がう」


 疲労によるものなのか。

 身体は発熱して、喉が急激に渇きを訴えていた。動悸はますますひどくなって、全身のあちらこちらに肥大化した心臓がばら撒かれているようだ。


「違うんだ」


 ちがうちがうちがう。

 真似をしていたのは。

 図書館でしかこっそり練習をできなかったのは。

 帰ってから一生懸命練習をし続けていたのは。


「俺は、あなたに憧れていたんだ」











(2022.6.30)


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