初恋
俺、
一目見た時に受けた衝撃は今でも胸の中に残っている。
彼女は片手で本を持って、その持った片手で頁をめくっていたのだ。
文庫本でも、大きな図鑑でも、ぶ厚い辞書でも。
すげえなすげえなかっけえな、両手で違う本読めるじゃん。
真っ先に言いに行きたかったのに、どうしてか足が動かなかった。
姿勢の正しさに、あまりの静けさに気圧されたのだろうか。
いいや、違わ、なくもないが。
どうしてか、恥ずかしくて、言いに行けたかったのだ。
ずっと、ずっと。
同じクラスだった三年と四年の間ずっと。
五年と六年は違うクラスだった。
同じクラスでも言いに行けないのに、違うクラスなんてもっと無理だった。
廊下の窓から、ちょっと姿を見るくらい。
会えたのは小学生の時だけ。
中学からは違う学校だったので、全然接点なんてなかった。
のに。
彼女の静かな横顔と、本を持つ小さくて器用にちょこちょこ動く片手と、妙に迫力のある姿勢の正しい身体は、いつまで経っても鮮明に覚えている。
俺だけが一方的に。
淡い恋心を持ったまま。
彼女は俺の事なんて微塵も覚えちゃいないはず。
だったのだが。
煙るように降る雨の中、今俺は、小学三年生の姿のままで、幽霊で、花嫁衣装を着ている彼女と。
手どころか、身体のどこも触れ合えやしないのに。
どうしてか踊っていた。
彼女は確かに俺の名前を言いながら。
野中泰智と。フルネームで。
もしかして俺と同じ名前だけれど違う人物と間違ってはいないでしょうか?
(2022.6.16)
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