『④ お互いを好きになる?』

 『④ お互いを好きになる?』は、一週間後に始まった。時刻は午後3時である。二人の手元には簡素な台本が握られている。

「準備できた」

「わ、私も・・・」

 ④を実践するというのは、正直のところ難しい。ほとんど不可能に近い。そこで2人が考えたのが、恋愛を演じることだった。そして恋愛を演じるといえば、2人の思い浮かべる先は1つだけだった。

 イオリは台本に綴られているセリフに頬を染めた。目の前のキリをちらりと見上げる。

 全くなんとも思ってなかったら、心当たりがなかったら、頬を染めることなんてなかった。イオリは余計な思考をかき消すように、キリから目を逸らした。

【恋せよ アンモナイト】は、現代世界に転生した中世の騎士カイと、お姫様になるのが夢なな少女マキコのラブコメディである。一見訳がわからないながらもちゃんと筋が通っているストーリー性で、多くの視聴者を獲得したドラマ作品だ。

 2人の演劇は最終話の、カイとマキコが紆余曲折を経て結ばれる場面である。

 キリはすうっと息を吸うと、緊張した面持ちでセリフを口にし始める。

「ここにいたのか、イオリ」

 名前を呼ばれて心臓が跳ね上がることに、イオリは気づかないふりをして応える。

「え、ええ」

 口にしてみるとイオリは段々と思い出してくる。当時のマキコの心情を。

 カイが別の少女に抱きつかれているところを偶然見てしまったマキコは、泣きながら駆け出して、丘の上の公園へと逃げこんだのだった。イオリはあの頃、手に汗握りながらテレビの中のラストシーンを見つめていた。少しだけ気持ちが乗ってきた気がして、イオリはセリフを続けた。

「わ、私がどこにいようと、勝手でしょう。あなたはどうせ、私のことなんてなんとも思っていないのだから」

 すると、キリは少しだけ声を荒げる。

「違う!」

 イオリの肩がぴくりと痙攣した。しかし、痙攣したのは、驚いたからでも怖かったからでもなかった。イオリは、自分のもののはずの心に、戸惑いを覚えた。

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