妹でもあり弟でもある
キリはスマートフォンを耳に押し当てた。電話をする先にいるのは、キコだった。
「喧嘩したのぉ?」
キリは違うと言おうとしたが唇が震えてうまく言葉にできなかった。
喧嘩ではない。ただ、自分の弱さがイオリを傷つけてしまった。
イオリが出ていく扉の音で正気に戻り、キリはリビングで突っ立っていた。自分以外に人の存在のない時間は、普通でいつも通りで正常だった。正常すぎて、もう今更、気持ちが悪かった。
キリはキコに話した。自分の気持ちも、イオリに思うことも、全て。
「にいちゃん、落ち着いて」
キコの声はキリの脳まで届かないで耳を掠めていった。キリは混乱しているのだ。叔母のことを思い出すと、いつもそうなるのだ。それは女性恐怖症になるきっかけを作った女性だった。
今までされてきた仕打ちを思い出す。頭の中が沸騰しそうだった。
「彼女なら大丈夫かも知れないって思えた。それなのにいざ触られると思ったら・・・元に戻ってしまった!無駄なんだ、何をやっても、どう足掻いたって俺はこの先一生、あの人から逃れられない!」
キコは自分自身も胸が張り裂けそうな思いで、兄の苦しみ悶える叫びを受け入れていた。
「兄ちゃんは逃れられないんじゃない。逃れられないって自分に言い聞かせてるの」
キリの心が向きを変えることが必要なのに、本人はそれに気付けないでいるのだ。悩むというのはそういうことだった。
「兄ちゃん、本当に逃れられないのなら、どうして私のことは怖くないの。私が中性だからじゃないよ」
それはね、兄ちゃんが無意識に、恐怖を感じる対象を選択しているからなんだよ。
兄ちゃんが女性を怖がっているのは、女性を怖がることを選んでいるからなんだよ。これ以上傷つかないようにしているんだよ。
キコは優しく語りかける。
キコは思い出す。自分の性に迷い、深く傷つき、泥沼の中から一生出られないと思っていた時に、キリがかけてくれた言葉を。
「何を見て何を選ぶか。自分のことは全部自分で決められる。兄ちゃんは私にそう言ったんだよ」
キリはイオリに会うことを決めた。これきりになることが嫌だった。そう気づいた自分に困惑したが心の奥の方では落ち着いていた。為るべきものが為ったような感覚があった。
「もう逃げなくていいんだよ」
キコの声がじんわりとあたたかく響いてくる。キリは世界に一人しかいないキコのことを思った。そして世界に一人しかいない、他の誰でもないイオリのことを考えた。
「行っておいで」
キリは立ち上がった。イオリの連絡先さえも知らなかったことに、今更気づいて頭が真っ白になる。キリは自分自身に念じる。
彼女が今どこにいるか、想像しろ、考えろ。物語のラストシーンだったとしたら、彼女はどこを目指していく?
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