つきよみ公園


 つきよみ公園はさわやかな風に包まれていた。辺りはもう暗くなっていて人の気配はない。

 イオリは丘の上に立っていた。夜の公園は危ないよと家族から忠告されていたが、もう少しこの公園の中で思い出していたかった。

 もう二度と、キリの元へは帰れない。イオリは思い出の場所に行って、それを最後にしようと思っていた。忘れたくないと思う資格なんてないと思った。きっと、ひどく傷つけたから。

 公園の入り口で汗を拭ったキリは、とうとう見つけたイオリの名を叫ぶ。イオリの横顔は光によって煌めく。イオリが気づいて瞳をキリの方へと向ける。その瞬間キリは、イオリの心に繋がったような気分になる。キリは駆けだしていた。イオリがそうさせた。

 二人は向かい合った。シルエットは同じ月夜の中に入り込んだ。

 キリが急かされるように口を開いた。

「怖かったんだ」

「うん」

 イオリは涙を拭って何度も何度も頷いていた。キリを傷つけた自分のことが、許せない。

「ごめんなさい、傷つけて」

 イオリは頭を下げる。

「イオリさんのせいじゃないって、言いにきたんだ」

 キリはイオリに、顔をあげるように頼む。

 そして、俺さ・・・と続ける。

「自分のことばっかりだった。自分の小説のために貴方を、良いようにつかってた。悪かったのは俺の方だ」

 ごめんとキリが頭を下げる。イオリは、やめてと叫びたかった。キリが悪いと思ったことなんてないのだ。

 イオリの震える声はまるでそよぐ風のように、キリの胸の中をゆらす。

「ほんとのキリさんに会えてよかったって思ってるよ。お願い、謝らないで」

 イオリは逃げることもかたまることもしないで、自分の胸の奥から言葉を引っ張り出してキリにぶつけていた。誰にでもできるようなことじゃなかった。

 キリは、自分がふわふわと浮いているかのような感触に陥る。イオリの声や姿に、深い安らぎを得ていた。

 キリはまた、少しどもるようにして「俺さ・・・」と繋げた。

「貴方のことを好きになりたいんだ。小説のためなんかじゃなくて」

 キリは、気づいていなかった。自分の心が、もうとっくにイオリに惹かれ始めているということに。イオリはキリの瞳にうっとりとして、釘付けになった。キリに磔られたみたいだと思った。

 そこに理由や理屈なんて存在しなかったし、する必要もなかった。

『⑤ 触れる』

 どちらの掌が先だっただろう。

 指先がそっと触れ、シルエットは淡く白い光となって重なる。

 この人をもっと知りたい。胸の奥まで、何もかも理解してみたい。

 二人がその感覚に気づくまで、あと数分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タスク お餅。 @omotimotiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説