第7話 お母様はスゴいです


 つんつんと脇腹をつつかれる感覚で、私はもぞりと動いて体をずらした。でも何故かそのつんつんは治まらず、ゆるりと瞼を持ち上げる。


 ここで目覚めるのは何度目だろう。時間が分からないので、日数の経過が不明だ。

 仮に起きる度に日が変わっているとすると、三日目になる。


 あくびをして瞬けば、目の前には母の顔があった。どうやら私をつんつんしていたのは母らしい。

 驚きに瞬く娘に目を細め、薄く口を開けた彼女はわんと鳴い――たりはしなかった。


「ごめんなさいね、もうすぐ他の子たちも起きちゃうから」


 その前にお話がしたかったの、と言う彼女に、私はただ絶句した。


「しゃ、しゃべった!!」

「あら、話せるわよ。当たり前でしょ?」


「あ、あたりまえ……」

「貴女も喋ってるじゃない」


「えと、わたし、なにしゃべってますか…?」

「私たちの言葉ねぇ。子どもにしては、しっかりしすぎだけれど」


 つまりは犬語か。この喋りにくさは、子供だからかな。


「それにしてもその反応、やっぱりだわ」

「あの、なにが……?」


「ここ数日の貴女、今までと全く違うものだから。喜んだり落ち込んだり、上を向いて鳴いてみたり……。それで、もしかするとこの子は他の子より、ずっと早くお話出来るんじゃないかしらって思ったのよ」


「ど、どうして……」

「あら?自分の子どもとお話しするのに理由がいるかしら」


 そうじゃないよ。

 微笑む母に、私はぷるぷると首を振った。


「だって、ぜったい、おかしいはずなのに……」

「何を言うの。私の可愛い大事な子」


 ――敢えていうなら面白い子よ。

 

 ふふ、と声を漏らして母は私の額を鼻先でつちょんとついた。それだけでこの小さな体はころん、と転がってしまう。ついでに心のなかでも、何かがころりと転がった。


 あぁ、どうしてだろう。


 どうして、そんな風に思えるんだろう。

 明らかに普通の子じゃないと知ったのに、どうして気持ち悪いって思わないんだろう。


 初めて目覚めたときもそうだった。母の姿に驚いて、現実を知って震えた私を、彼女は傍で温めた。

 

「ふぇ……」


 やっぱり、凄い。


 私は絵莉を隠して生きていくんだと思ってた。何も知らない、無垢な子どものように振舞って、本当の自分を見せることはないんだと。

 そうして絵莉がここに居ることは、誰も知らずに終わるだろう、と。


 けど、このひとはそうじゃない。

『絵莉』をちゃんと見つけて、その存在ごと娘を――私を愛してくれる。

 そう、教えてくれたのだ。


「――……っう、うわぁあんっっ!! お母様がスゴすぎるぅう……っ!」

「あらあらー、よしよし」


 尻尾をくるりと丸め、床に懐いて震えれば、彼女はまたもふりと私を包みこんだ。


 もういい年だというのに、私は近頃泣きすぎだった。けれど、身体の年齢が一歳だと思えばしょうがないのかもしれない。


 そう思い直し、私は母に甘えることにした。

 ぴすぴすと鼻を鳴らし、母の体にぎゅぅっとを顔を押し付けて、優しい慰めを身に受ける。


 母はまるで抱きしめるように寄り添いながら、穏やかな声で私に言った。


「それじゃ、貴女が泣き止むまで、凄いお母様が色んなお話をしてあげるわね」




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