第5話 私のご飯はコレでした
その時、遠くからぱたぱたという足音が聞こえてきた。これは、間違いなく人間だ。4つ足の生き物に出せる音じゃない。
しかも。
――子ども、かな?
大人にしては、足音が軽い……気がする。すぐに動物と子どもの相性が頭に浮かんで、私はちょっと身構えた。
すると――。
ひゃ!?
べろん、と頬が舐め上げられた。びっくりしてぱっと隣を振り向けば、その動作だけで頭の大きい体がぐらりと傾ぐ。
あわわわ……!
必死で手足をばたつかせたけど、丸い体は容易くころんと転がった。そして仰向けの視界にぬっと母の顔が現れて――。
――って、や、ちょ、くすぐったい……!
ぺろぺろと体を舐められて、思わずきゃうきゃう、と悶えてしまう。だめだめ、昔から脇もお腹も弱かったのに……っ。
じたばたと短い手を暴れさせ、体を捩って母に抗う。すると、彼女はふと攻撃の手を止めて、私の体にすり、と頬を擦り寄せた。
そしてすっと、音のする方へ視線を向ける。
……あれ?
これ、もしかして。
大丈夫だよ、ってことかな……?
分からないけど、なんだかそう言われてる気がした。途端にじわり、と体の中で勇気みたいな気持ちが沸いて、ぽかぽかと温かくなってくる。
うん、そっか。
大丈夫なんだ。
ころりと転がって体を起こし、母にちょんと鼻をつける。ありがとう、お母様。そう心の中で呟けば、彼女の尻尾がぱさりと動いた。どうやら、伝わったらしい。
嬉しくなりながら母と同じ方を見つめていると、いよいよ足音がすぐそこまで近づき、壁の一部――もとい扉が開いて、一人の人間が現れた。
――!! うぁぁ……っ!
もふもふの体にぴしゃーんと衝撃が走る。
それもそのはず。
て、天使が……!
そこにいたのは、生まれてこのかた(前世も含め)お目に掛かったことのないような――愛くるしい、美少女だった。
年は多分10歳前後。陶器のような白い肌に、草原を思わせる緑の瞳。肩より少し長い金髪には癖があって、その子が動く度にふわっと揺れた。
ひぇぇ、なにこの子。
うち震える私の前で、両手に金属の器を持った少女は、満面の笑みで口を開いた。
「シリカ、ごはん!」
そう言いながら、女の子は母の前にそれを置いた。
あれ、言葉が分か――
「みんなもごはん!」
なんですと。
耳を疑う私を他所に、少女は笑顔を振り撒きながら、同じようなお皿を兄妹たちの間に置いた。
私は少し遠くに鎮座した、その銀の器を凝視した。そしてあることに気付き、舌で口腔内を舐めてみた。
思った通り、ざらりとした感触がある。歯の萌出とともに、離乳していたのだ。
おお、神よ。
運命を呪ってから数時間(多分)、私は現金にも神に感謝した。もうドックフードだろうと文句は言うまい。
心の中で涙して、私は静かにごはんに近づいた。そしてそっと、銀の器を覗き込む。
な、なんだこりゃ。
ベースの匂いはミルクっぽいけど、明らかに色々な食材が混じっている。豆も入ってそうだけど……もしかすると、パン粥みたいなものかも。予想外の中身にどきどきしながらも、ぺろりと舌をつけてみる。
うん。
素材の味が生きています。
恐らく人によってはこれを不味いと表現するだろう。でも私は割と気に入った。
思い返せば、人間時代も食にこだわりがない方だった。違いは分かるけど、別の店の方が美味しいよねと言われると、別にこれでもいいのではという感想になってしまう。
食べられるものは美味しいもの。
逆に嫌いなものはとことん嫌いだった。海老なんて見た目虫ですよと吠えていたのを思い出す。
もぐもぐ。
そういえば母は何を食べてるんだろう。覗き損なったので、今後の参考に是非。
未来の食料事情が気になり、私はふらふらと母の方へと向かっていった。しかし、それは小さな手によって阻まれる。
「こら、お前はこっちよ」
そんな言葉と共に、身体がふわりと宙に浮く。天使が私を抱き上げたのだ。
むむ、あと少しだったのに……。
食事を中断し私を見上げてくる母の、その足元の器。その中身を少しでも拝もうと、短い首を捻ってみる。するとそこには――混ぜご飯が存在した。
うーん……似たようなものかな?
兄弟たちの間にちょこんと置かれ、また銀食器に頭を突っ込んだ。
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