第4話 私はココで


 一眠りして目が覚めた時、私の気分は随分と晴れていた。

 何だかんだと悩んだものの、じたばたしても仕方ない。人間としての『絵莉』は死に、今は犬になっているのだ。ならこの生を楽しもう。そう思えるようになっていた。


 ごめんねじいちゃん。保険金と賠償金で長生きしてくれ。相手、殴っちゃダメだよ。

 そしてごめん同僚達。私の案件面倒見てくれる人に感謝。


 天井を眺め、私はどこかにいる唯一の肉親と職場に思いを届けた。

 離れて暮らしていた昔堅気の頑固爺は、『絵莉』がいなくなったと分かったら怒り狂って、その後は燃え尽きたようにしょぼくれてしまいそうだ。

 最後に私の幸せを願ってくれた木崎さんも、たぶん泣いちゃうだろう。いい人だから。

 彼らに大丈夫だよと言いたいが、出来ないことが辛い。せめて毎夜に爺の大往生と同僚の幸せを祈ろうと心に決めた。


 ひとまず本日分だ。

 私は古式ゆかしく神に祈る動作をしようとして、むむ、と思った。


 柏手が打てない。

 なので代わりにきゃんきゃんと二回鳴いて儀式を済ませた。


 さて、お腹すいたな。


 一通り自分の心に折り合いが付けば、生理的欲求が湧き出した。

 記憶の限り、私は超過勤務の末にご褒美を食べ損なって死んでいる。それを意識すると、ますます空腹感が酷くなった。

 ぺたりと地に伏せ、思い描く。


 ああ、ラーメン食べたいなぁ。

 塩派だけど、今はすごく醤油の気分。でも豚骨でネギ増しも美味しいんだよね。


 無性にそんな気分になりながら、私は自分のもこもこの毛を見つめた。……うん、これ以上思い出さない方が身のためかも。

 代わりに、金属の皿に盛られた茶色の固形飼料を思い浮かべる。飼い犬といえばあれだろう。場所や母の様子からしても、多分この予想は合っている。

 どこかの会社では社員が味を確認すると聞いたことがあるが、私は食べたことなどない。どんな味か……と思い、はっとした。


 待って、私、子犬だよね。


 子犬の栄養源と言えば思い付くのは一つだけだ。

 思わず母に顔を向ければ、彼女は穏やかな瞳で私を見つめ返してきた。


 そんな目で見ないで。


 見た目は子供、頭脳は大人な31歳、それは流石にハードルが高すぎる。

 内心だらだらと汗を流しながら、私は必死に打開策を考えた。その間にも、お腹は満たされない不服を訴える。餓死か吸咥行動か。


 ――よし。


 与えられた命、面白おかしく生きると決めたばかりだ。それに誓ったこともある。

 爺と木崎さんに祈るため、私は母に向き直った。



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