第3話 思い出になるコト
自分の姿を認識し、私はああ、と思った。
憧れのもふもふになって、大好きなわんこ達と戯れる。なんて幸せな夢なんだろう、と。
でも。
匂いが、温度が、感じる全てがあまりにもリアルで。
やっぱり私は死んだんだな、と。
分かってしまった。
状況的に『転生』と考えるのが妥当だろう。物語のようなことがこの身に起こるとは、中々凄いものだ。腹這いに戻り、そんなことを思ってみた。
……。
だが意に反して、気持ちはずぶずぶと沼に嵌まっていく。
思考は『絵莉』だが身体は変わってしまい、それと共に自身の積み上げたものを失った。
仲間と共に仕事に打ち込む明日が来ることはない。だらけた休日を過ごして、馬鹿みたいに笑って楽しむこともない。上手く行った時の達成感を感じることも、納得いかなくて同期に愚痴を溢すことも――もう二度と、ありはしないのだ。
……これは、結構、きつい。
目を閉じる。
そして、丸くなった。
何も『ない』。
それは足元が抜け落ちるような、虚脱感と――言い様のない、かなしさ。
こんな感覚になるのなら、何も覚えていない方がきっとよかった。全てまっさらな方が、世界は光に満ちて見えたはずだ。
暗い虚無の渦に飲まれて落ちていくとき、ふっと、何かが身を包んだ。目を開いて見てみれば、先ほど鼻先で小突いてきた彼女が私を囲って伏せていた。
その温かさが否応なく染み込んできて、じわりと、何が滲み出す。
……アニマル、セラピー……。
誤魔化すように、過去の知識を引っ張り出した。
個体差はあるが、彼らはひとの心の機微に敏い。言葉などなくても、そこに居てくれるということがどれほど相手を救うだろう。
きゅぅ、と喉が鳴ると、身体がぺろりと舐められる。
それで分かる。彼女が――母が、私をちゃんと見ていてくれること。応えてくれること。
そうだ。
人の絵莉は世界のどこにもいなくなった。
けれど今、生きることを望んでくれる相手がいる。健やかであれと願ってくれる。
……きっと、大丈夫。
そんなこともあったなと、懐かしむ変わった犬になれるはず。
自分を癒す温もりを感じながら、私は静かに眠りに落ちた。
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