第3話
「……」
返す言葉が見つからず、俺はしばらく下を向いて黙る。
「ねえ、どうなの? ねえ……」
昔は裕子が好きだった。
一緒に遊ぶ毎日がとんでもなく楽しかった。
けれど、幼い頃から一緒にいすぎたせいか彼女を好きという気持ちがなくなってしまっていた。
だから、俺は──。
「ごめん……というか、あれって昔の話じゃないか」
心が締め付けられるようで苦しい。
裕子にこんなことを言うなんて思っていなかったからだ。
ごめん、ただそれだけを心の中で何度も何度も叫んだ。
こんな形でまたこうして直接話すなんて思ってもいなかった。
顔を上げて、裕子を見ると、裕子の目からは大量の涙が垂れていた。
ああ、俺は裕子を傷つけてしまったんだ。
「おかしいよ、こんなの……」
でも、仕方がないことだ。
だって、今は黒宮さんのことが好きなのだから。
「ごめん、本当にごめん」
裕子がまだ俺とのあの約束を守っていただなんて驚いた。
ましてや俺のことが好きだということに。
もしも、もしもである。
黒宮さんに告白される前に裕子に告白されていたら俺はなんて答えていたのだろうか。
「きっと、俺なんかより……その」
申し訳なさで裕子を直視できず視線を床へと落とす。
次の瞬間だった──。
唇に柔らかい感触がした。
そのまま、口の中にねっとりと生暖かいモノが入ってきた。
それは紅茶の味がして俺の舌をペロリペロリと舐める。
唾液と唾液が混ざり合っていた。
……え?
そこでようやくそれが何なのかわかった。
裕子の舌だ。
慌てて裕子の両肩を押して離す。
「……なあ、裕子?」
ファーストキスだった。
初めてのキスがこんな形で取られてしまった。
裕子はダラリと垂れた涎を手の甲で拭き、こちらをニコリと見る。
「ねえ……優希。キスってこんな味なんだね。お茶だよ、お茶。ちょっとショックだよ、ファーストキスはいちごの味じゃないのかね?」
「そんなことより、裕子。お前は今何をしたのかわかるか?」
「キス……それもとても深い……ディープなの」
まだ口には裕子の唇と舌の感触が残っている中。
「そうだ、しかも彼女持ちの男に……それがどういうことかわかってるのか」
「うん、それくらいわかるよ優希。でもね、その黒宮玲奈なんかより私は優希が好き。だからいいでしょ?」
「……なんでだからいいになるんだ」
おかしい、裕子はこんなやつじゃなかったはずなのに。
俺のせいなのか?
俺が裕子との約束を破ってしまったからなのか?
「キスって気持ちがいいんだね。キスでこれならその先……優希のナカに入ってきたら私気持ち良すぎて死んじゃいそうだよ」
「それはない、絶対に……」
俺は知った。
恋というのはこうも人を壊してしまうモノだと。
付き合うということは裏で誰かが傷つくことだと。
「ううん、知ってる? 結婚しなければ取ることができるんだよ? だから、私決めたんだ」
裕子は指を舐めながら俺に近づいてくる。
そして、涎でベトベトに湿った指を俺の頬に塗りつける。
これも全部、俺が悪いのか?
「私、絶対に優希くんと結婚してみせるって! 黒宮玲奈から優希を離すって。じゃあね、未来の私の旦那さん」
こんな時でも身体が興奮している自分が憎い。
裕子は後ろを向き、部室から出て行く。
そして、最後にこちらを見てニコリと。
「私処女だから早くもらってね♪」
そう言って去っていった。
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