第40話 小悪魔の演出はモブに刺さる
色々あり過ぎた本日の勉強会も終了。
あの例の写真を公開されて以降、周りの俺に対する扱いはもはや性犯罪者のそれ。
葉月以外の全員が冷たい対応で、古賀に至ってはしばらく口も利いてくれなかった。
(まあ、殺されなかっただけまだマシですが)
明日に多少の不安を残しつつ、俺は独り店を出る。
ちなみに陽葵は、夏希と買い物に行くらしく先に帰り、古賀はバイトがあるため店に残った。葉月はさっきまで一緒に居たが、便所に行ったのでおいてきた。
「ちょっとセンパイ! なんでおいてくんですか!」
だがどうやら小さい方の用だったらしい。
店を出てから数秒でやかましい声が飛んできた。
「待っててくれるかと思ったのに!」
「なぜお前を待つ必要がある」
「だって帰る方向一緒じゃないですか」
「全然、これっぽっちも理由になってない」
そっけなく言えば。
何やら葉月は不安そうに横から俺の顔を覗き込んできた。
「もしかしてセンパイ、怒ってます……?」
「怒ってない。ただうぜぇなって思ってるだけ」
「ひどっ!!」
これは紛れもない本音である。
「俺は見ての通り疲れてんの」
「それってわたしのせいだったり……?」
「全部とは言わんが、9割9分そうだな」
「それほとんどぜんぶじゃないですか!」
今日の葉月はいつもより割増しでウザかった。
夏希の勉強を見ている最中に妨害してきたり、その流れで陽葵と喧嘩したり。元から騒がしい奴ではあったが、ここまで度が過ぎてるのも珍しい。
「お前は最低限、空気が読める奴のはずだが」
「それは……すみません」
何が原因なのかは知らんが。
どうやら葉月にもやり過ぎた自覚はあるらしい。
「邪魔するつもりはなかったんです。でも何と言うかその……」
落ち込んだように俯く彼女の頬は、なぜか薄い赤色に染まっていた。こうも露骨に元気をなくされてしまうと、文句を言う側の俺としても言葉選びに困る。
「まあとにかく、明日以降は真面目にやれ」
そう呟き、俺は気にせず帰る足を進めた。
しかし葉月が不意に立ち止まったので、俺は即座に振り返る。
「あ、明日からも参加していいんですか?」
視界の中の彼女は、目を丸くしてそう言った。
「来たくないなら来なくていい。むしろ俺としてはそっちの方が有難い」
「い、行きます! 絶対に明日からも行きますから!」
「そうかよ」
謎に力の籠った宣誓を受けて、俺は再び歩き出す。
「そういうところですからね」
「何が」
「いえ、なんでもないです。なんでも」
パタパタと走り再度俺の隣に並んだ葉月。
やがて俺たちは運悪く赤信号に捉まった。
「センパイ」
「んあ」
「さっき古賀先輩と何か話してましたよね」
「まあ、ちょっとな」
「何話してたんですか?」
「別に大したことじゃない」
適当に答えて、今度は俺が葉月に物申す。
「それよりもお前、よくもあの写真公開しやがったな」
「あれは、ついうっかりで」
「お前のうっかりのせいで、俺がどれだけボコボコに罵倒されたと思ってるの? あいつの口の悪さ知ってる?」
「さっき知りました。よくあんな汚い言葉が次から次へと出てきますね、あの人」
その前の会話で培った良い雰囲気を台無しにするくらいには、古賀の罵倒は凄かった。悪口耐性を持つ俺でもなければ、大泣きしながら逃げ出しちゃうレベル。
「立花先生いわく、あれがあいつのチャームポイントらしいけどな」
「なんかそれ、ちょっとわかるかもです」
「は」
否定が欲しくて言ったんだけど。
なんでわかっちゃってんのこいつ?
「別に汚い言葉を吐くことが可愛いに繋がるとは思いませんよ」
「じゃあ何」
聞けば葉月は、顎に手を置いて思案顔を浮かべた。
「何と言うか、あの人の吐く言葉には悪意を感じなかったというか」
「悪意?」
「聞いてて気分は悪くなかったんですよね、不思議と」
「そりゃあお前に向けて言ってたわけじゃないからな」
「自分に向けられたものじゃなくても、耳に入るだけで不快な言葉だってあるでしょ? あの人のはそういう無粋なのと、ちょっと違う気がしたんです」
言われてみれば……確かに。
その感覚は何となくだが俺にもわかる。
高校に入ってからというもの。
俺は立場上さまざまな罵倒を受けてきた。
『キモい』
『目障り』
『〇ね』
数え始めたらキリがない。
俺と関わることになった人間は、誰もが等しく顔を歪ませ不満を声にした。俺はその度に自分を殺し、コミュニティーの輪の外に居ることでそれを乗り越えた。
それらの言葉にダメージはなくとも、悪意はあった。
でも古賀の吐く言葉からは、悪意のようなものは感じない。
「それは古賀が良い奴だからじゃないか」
もしこれが勘違いじゃないとするなら。
俺が思い当たる理由はこれしかなかった。
「いいやつ?」
他のクラスメイトと古賀が決定的に違うこと。
それは俺が”
「あいつと話してて思ったんだ。少なくとも古賀は、他の連中とは違うって」
「それは具体的にどう違うんですか?」
「周りの雰囲気に流されるような懐の浅い人間じゃないんだよ。あいつ」
思ったままを言うと、何やら葉月は不満そうに口を曲げた。
「随分と信頼してるんですね」
「信頼とかじゃねぇよ」
そう、これは信頼じゃない。
あいつの気持ちに対する俺なりの応え。
「誠意には誠意で応えたいと思っただけだ」
古賀が俺を理解してくれたように、俺も古賀という人間を正しく理解してやらなければならない。勝手なイメージだけで相手を測るのは、俺が最も嫌う愚行だから。
「まあセンパイらしくはありますけど」
ボソッと隣でそう呟いた葉月。
「でも、ほだされないようにだけ注意してくださいね」
「なんだよ、ほだされるって」
すると葉月はビシッと人差し指を立てた。
やがて真剣な面持ちでハッキリと断言する。
「一見真面目装ってますけど、中身は相当なやり手ですよ、あの人」
「お前の目には一体何が映ってるの? 魔眼なの?」
「そういう可能性もあるよって話です」
あのツンデレさんにそういう裏設定無いと思うけども。
「センパイはわたしの……から」
「え?」
「なんでもないです。うるさいです。こっち見ないでください」
「えぇぇ……」
古賀もあれだが、こいつも大概酷い。
向こう向きながら好き放題言いやがって。
言いたいことがあるなら目を見て言えや。
「あ、飲み物買うわ」
「え、あ、はい」
たまたま自販機が目に入り立ち止まる。
一応ドリンクバーでちょくちょく喉は潤していたが、それでも最後の方はずっと喋りっぱなしだった。そのまま解散したせいか、俺は今喉がカラッカラである。
(ナニッ……!! 緑茶が無いだと……!?)
緑茶を置いてない自販機ってマ?
(まあ、たまには麦茶でも飲んでみるか)
ガチャコン。
と音が鳴り、香ばしいタイプの麦茶さんが登場。
俺は手に取るなりすぐ蓋を開けて、ゴクゴク喉に流し込む。
「……っぷあぁ。うめぇ」
やはり夏だからか、麦茶も麦茶でクソ美味い。
これは俺の中のお茶論争で一波乱ありそうな予感だ。
「センパイ、わたしも喉乾いちゃいました」
と、先ほどからじっと俺を見ていた葉月は言う。
この感じからして、何となくその腹の中は読めていた。
「言っとくが、奢らねぇからな」
「はい、奢ってもらうつもりはありません」
ん、奢ってもらうつもりはない?
俺はてっきりその流れかと思ったんだが。
「ついに財布を開く気になったってこと?」
「そういうわけでもないです」
「じゃあどういう――」
それはあまりに一瞬の出来事だった。
「えっ……」
俺は確かに飲みかけの麦茶を手にしていた。
しかし次の瞬間には、それは葉月の手元に。
ゴクゴクゴク――。
その音と共に彼女の喉が規則的に揺れる。
飲み口から僅かに漏れた雫が、彼女の口元をなぞるように伝い、やがて顎へと到達した。それが落ちるか落ちないかの
「ぷはぁぁ……。麦茶も意外といけますね」
夢かと思った。
だって俺の麦茶を、俺の飲みかけの麦茶を。あろうことか葉月は、何の躊躇いもなく飲んだのだから――。
「お前それ、俺の飲みかけ……」
「何か問題でも?」
飲み終えてもなお、あっけらかんとした様子の葉月。あまりに唐突な出来事を前に、俺の脳が麻痺し、上手く言葉が出てきてくれない。
「い、今、口つけてたよね……?」
「はい、付けましたね」
「こないだはあんなに拒否ってたのに……?」
「あれは演出です」
「え、演出……?」
そう言うと葉月は、その薄桃色の唇に自らの指を触れた。そして前のめりになり、その唇を俺に向けてきたかと思えば、あざとさ全開の上目遣いでこう言うのだ。
「間接キスを嫌がってた女子に突然間接キスされたらどう思います?」
「どうって……」
「かなり萌えるシチュエーションだと思いません?」
急に何言ってんだこいつ……とは思いつつも。
葉月の意図した通り、かなり萌えたのは事実です。
「なのでセンパイにドッキリを仕掛けてみました」
おいおい……ドッキリの質高すぎだろ。
どこぞの凄腕プロデューサーかよお前は。
「どうです? 少しはドキッとしました?」
にひっと悪戯に笑う葉月から、俺は咄嗟に視線を逸らす。その見慣れたはずの笑顔ですら、今の俺には少しばかり刺激が強かった。
「それにわたし、センパイの飲みかけなら別に嫌じゃないので」
「えっ、それってつまり……」
慌てて葉月に視線を戻す。
その瞬間。
微かに頬が高揚している彼女と目が合った。
ゴクリと唾を飲んだ音がハッキリと聞こえる。
それくらいの沈黙。
何もない時間が流れれば流れるほど。
やがて俺の中にとある一つの妄想が浮かんだ。
俺のこと好きってことですよね!?
絶対絶対絶対絶対そうですよね!?
「なーんて、本気で言うと思いました?」
「……」
「あれあれ~? センパイ顔真っ赤ですよ~?」
こいつ……。
「もしかしてわたしの萌えテクにうっかりオチちゃいました~?」
神妙な面持ちが崩れ現れたのは――悪意に満ちたしたり顔の悪魔。
これまでのことは全部嘘でしたと言わんばかりに、未だ気持ちが冷めやらない俺をこれでもかと煽ってくる。
「まさかわたしに惚れたりなんてしてませんよね~?」
「……っっ」
「もぉ~、センパイったらちょろすぎですよ~」
また……また俺はこの小悪魔にしてやられた。
今回ばかりは、それとなくガチっぽい雰囲気が出てたのに、それすらもダウトだったとか……このガキ、どこまで俺をからかえば気が済むんだ。
「男子の飲みかけとか、普通に考えてありえないですよ~」
「ありえないなら最初からつまらんドッキリ仕掛けんな!!」
マジでうっかり惚れるとこだった。
雰囲気に流されてすっかり忘れてたが、そういやこいつ美少女の皮を被った悪魔だったわ。
「とにかく、このお茶はわたしが貰っちゃいますね~」
「貰っちゃいますじゃねぇよ。今すぐ返せ」
ヘラヘラやかましい葉月を思いっきり睨みつける。
が、葉月はビビるどころかケロッとした顔で言った。
「別にいいですけど、もう口つけちゃってますよ?」
そう言えばそうでした。
「それでもいいなら返しますけど」
すると葉月は躊躇なく麦茶を突き出してくる。
これを飲んだら間接キス。飲めるわけがない。
「もういい……新しいの買う」
「ごちでーす」
こうして俺は麦茶を二本買い。
結果的に葉月の分を奢った形となってしまった。
(誰でもいいからこの小悪魔を祓ってくれ……)
心でそう呟きながらボタンを押す。
二度目のガタンという音に、思わずため息がこぼれた。
「って、顔真っ赤にしてどうしたのお前」
「え、あっ……!!」
新しく麦茶を買って振り返ったのだが。
なぜか葉月は茹でだこぐらい顔を赤くしていた。
「な、なんでもないですっ!」
そう言って慌てて背を向けるあたり。
なんでもないわけがないですよね。
「ふわわわぁぁ……」
さては暑いのだろうか。
パタパタと手を動かし、必死に顔を扇いでいるようだが。
「の、喉も潤ったことだし帰りましょう!」
訳を聞く暇もなく、急に歩き出した葉月。
よくわからない行動を前に、俺は麦茶の蓋を開けた。
「潤わせていただいた、な」
ゴクゴクと麦茶をのどに流し込みながら決意する。
マジでいつか今まで奢った分、全額返金してもらうからな。
* * *
こんな日々が一週間ほど続いた。
そしてついに期末テスト本番に。
陽葵は苦手な英文をちゃんと解けているだろうか。
夏希は図形の証明を完璧に出来ているだろうか。
葉月は……ぶっちゃけどうでもいい。
むしろ将来を考えたら補習になった方が絶対いい。
「それじゃぼちぼち始めてくぞー」
立花先生の掛け声で、俺はペンを握った。
「くれぐれもカンニングだけはすんなよー」
視界の隅の方で、何人かの肩がピクリと動いたことを確認し――俺は開始の合図と共に、気合を込めて裏にしていた答案用紙をめくった。
めくった……のだが。
(やっべぇ……ぜんっぜんわっかんねぇ……)
あまりの解けなさに絶望したのは、テスト開始5分後のことだった。
========
これにて第二章期末テスト編が完結となります。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
この先、第三章に付きましては未だプロット段階にあります。
現在、11月に行われます文学フリマに出品する作品を書いているがため、第三章の連載開始までしばらくの間、休載を頂く形になってしまいます。
連載再開の目途が立ちましたら改めて連絡させていただきます。
続きを楽しみにしていただいていた読者様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。
改めて当作品をここまで読んでいただきました読者様、本当にありがとうございます。今後とも当作品をよろしくお願いいたします。
ハズれキャラの井口くんには小悪魔な後輩が憑いている じゃけのそん @jackson0827
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