第39話 モブは青春に触れ友情を知る
二人同時に勉強を教えるのはマジでキツい。
俺に気を遣ってか、陽葵は基本自分でやってたからよかったにしろ、葉月と夏希に関しては教える範囲も苦手な教科も違うので、正直頭がパンクしそうだった。
ずっとしゃべりっぱなしで喉はカラカラ。
問題を解かせている今のうちに、枯れた緑茶を補充しに行こう。
「わりぃ葉月、ちょっとどけて」
「飲み物ですか? だったらわたしのもよろしくでーす」
「よろしくって、まさかあのキメラドリンク?」
「その呼び方は
確かカルピスコーヒーコーラだっけ。
よくあんな不味そうなのリピートできるよな。
「今回はカルピス増し増しで」
「某ラーメン店のコールみたいに言わないで」
ワンツッコミかまし、俺は空いたコップを手に立ち上がる。そしてドリンクバーへと向かったところ、少し遅れて古賀も飲み物の補充にやって来た。
「言えばついでに持ってきたけど」
「あんた両手塞がってるじゃん」
それはまあ、確かに。
「それにもしあんたのコップと間違えられでもしたら最悪だから」
俺はそんなにも汚物ですか、そうですか。
「それより、夏希の勉強はどう」
やがて古賀は氷を入れながら尋ねてきた。
俺は葉月のキメラドリンクを生成しながら答える。
「いいんじゃねぇの。やる気もあるし」
「それってうちの高校に入れそうなレベルなの?」
「それに関しては今の段階じゃ何とも言えんが」
誰に似たのか、あの子は根っからの真面目だ。
それでいて教えたことを実践する素直さもある。
「あの調子で頑張ればおそらくは大丈夫だろ」
もちろんこれはお世辞とかじゃない。
同じようなやり方で受験を成功させた俺だからこそ言える本音。
「そっか」
すると古賀はホッと胸を撫でおろした。
相も変わらず妹第一の彼女に今度は俺が尋ねる。
「お前の方こそ大丈夫なのかよ」
「大丈夫って何が?」
「ほら、昨日のアレ。安達とは仲直り出来たのか」
「ああ」
流石にあれで縁が切れることはないだろうが。
あのギスギスを目撃した身としては結末が気になる。
「昨日L〇NEしたけど大丈夫そう」
「そうか」
「うん、そう」
その会話を最後に、俺たちの間に少しの沈黙が流れた。
やがてたっぷりと氷の入ったコップを、注ぎ口にセットした古賀。ボタンを押すのかと思いきや、なぜかその手を一度止めて――
「あんたってさ、やっぱり思ってたイメージと違うよね」
真剣な声音でこう呟いたのだった。
「こうして話すまでは、ただの陰気臭い頭のおかしいヤバい奴かと思ってたけど」
ちょっとちょっと……それ初耳なんですけど……?
俺ってそんな救いようのないイメージだったの……?
「でもこの間の修学旅行も、昨日のカラオケの時だってそうだけどさ。あんたは自分の為じゃなくて、他の誰かの為に行動できる人間でしょ?」
でしょと言われましても。
俺にそんな自覚は一ミリも無いのだが。
「そういうところが意外だったんだよね」
いきなり古賀にこんな真面目な話をされるとか、正直意味がわからな過ぎるが。この感じからするに、どうやらお世辞とかではないらしい。だからこそ返事に困る。
「あたしのお願いだってちゃんと聞いてくれたし」
「お願い?」
「カラオケの後、夏希のこと任せたでしょ」
「ああ」
言われてふと思い出した。
そういや昨日の帰りは、夏希を家まで送って帰ったんだ。そこで色々な悩みを聞いて、得意の屁理屈まき散らして。それで何とか丸く収まりはしたけど。
「そりゃ目の前で落ち込まれたら放ってはおけないだろ」
「そういう優しいところが意外だって言ってんのよ」
「えっ……?」
不意に出た耳障りのいい単語につられ、俺は慌てて古賀を見た。するとその横顔は微かに高揚していて――それに影響されてか、俺の顔にも急速に熱が登る。
「べ、別に俺はそういうんじゃねぇけど」
「てことは無自覚ってわけ? だとしたら相当なお人好しね」
「お人好しも何も、俺は言われた通り仕方なくで生きてるだけだ」
ポッと出の屁理屈で何とか誤魔化したものの、今日の古賀はいつもと違い冷静さを保ったままだった。お得意の赤面からのあたふたが発動しない。
そんな古賀さんは、真剣な口調のまま続ける。
「例え誰かに言われて仕方なくだとしても、結果的にあんたは誰かの為になろうとしたし、そんなあんたにあたしは何度も救われてる」
「救われてるって……んな大げさな」
「大げさなんかじゃない。これは紛れもない事実だから」
ここで古賀はボタンに触れていた指をそっと離した。
そしてほんの僅かに視線を下げて、神妙な声音で言う。
「あの噂、あたしつい鵜呑みにしちゃってたんだけどさ」
「……!?」
「ほんとは何か特別な事情があったんじゃないの」
何を言われるのかと思えば。
古賀から出たのはあまりに意外な言葉だった。
あの噂――
それは俺がクラスの腫れ物になるきっかけとなった、あの事件のことを指している。事件と言っても、俺がやらかして大人たちのお叱りを受けただけのことだが。
どうやら学生というものは、そういったうわさ話が大好きなようで。気付いた時には尾ひれがついた状態で、学校中にその噂が広がっていた。
そして俺は高校入学と同時に、めでたくカースト最下層の住人に。今まで誰一人として、あの噂の真実を疑う人間は居なかったはずだが。
「今更なんだよって思うかもだけど、あたしでよかったら力になるからさ。だからもう少しその良心を、自分に向けてあげてもいいんじゃないの」
まさかこいつが最初にそれを言うとはな。
古賀には悪いが、意外過ぎて笑っちまいそうだ。
(あたしでよかったら力になる……ね)
確かにクラスでもそこそこ影響力を持つ古賀に頼んで、あの時生まれた誤解を解けば、俺の日常も少しは変わるのかもしれない。
だが今更それをしたところで、俺の過去は絶対に戻ってくることはない。クラスの輪の外で過ごしてきたこの一年は、もう誰にも変えることが出来ない。
「やっぱりお前、良い奴だよ」
「はっ」
「いい奴過ぎて、うっかり惚れちまいそうなレベル」
その上でこれからの俺に出来ること。
例え苦い過去が変えられないとしても、この先の未来はいくらでも変えられる。そういう意味でも古賀の想いは、諦め半分だった俺の心の中の中まで染みた。
「ほ、惚れるって……バ、バカ言ってんじゃないわよっ!!」
ようやく出た赤面。
これで謎の安心感を覚える俺がいた。
「ちょ、ちょっと褒めたからって変な勘違いしないで!!」
古賀はまごうことなき善人だ。
それこそ疑う余地がないほどに。
クラスで浮いている俺に対して、力を貸すと断言できるその人柄には、正直驚かされたし。たった一言で顔を真っ赤にするそのツンデレも、流石だと思う。
これはあくまで俺の予想でしかないが、仮に古賀がクラスの奴らに対して何かアクションを起こしたとしても、クラスでの俺の立場が変わることは無い。
むしろ浮いている俺に関わることで、古賀の立場まで危うくしてしまう可能性がある。そういったリスクがある中での行動は、俺の本意ではなかった。
故に古賀の力を借りることは出来ない。
「事情がどうであれ、俺があの一件を引き起こしたのは紛れもない事実だ。今更どう説明しようと、クラスの連中にとっちゃただの言い訳にしか聞こえねぇよ」
「だからって何もしなかったら、みんなあんたを誤解したままじゃん」
「誤解ってほど誤解でもないだろ」
これは自虐でも何でもない。
「俺は空気を読むことくらいしか取り柄の無い、クラスの輪の外に居る人間なんだ。いじめられてないだけまだマシだよ」
過去のことを掘り返して事が大きくなるリスクを背負うよりも、現状維持に力を注いだ方がよっぽどいいと俺は思う。
それは何より自分自身の為であり、自分以外の為でもある。
この世界は、青春は、皆が思い描いているほど甘くはないし、キラキラもしていない。こうして誰かが汚水を啜っているうちが、意外と平和だったりするもんだよ。
「元々俺は馴れ合いとか好きじゃないしな」
「そうなのかもしれないけどさ……」
きっと古賀だってわかってるはずだ。
根付いた印象を変えることがどれだけ大変なのか。それでもこうして俺に手を差し伸べようとするあたり、相当なバカか、お人好しなのだろう。
「んなことよりお前は、妹のことを第一に考えてやれ」
満タンになったコップを手に、俺は古賀と向き合う。
「受験、成功してほしいんだろ」
「う、うん」
「ならさっさと戻って勉強すっぞ。期末まであんま時間ねぇしな」
そう言って俺は一歩を踏み出した。
古賀はまだ何か言いたげだったが、俺はそんな彼女の横を無言で通過する。
「
と、後ろから名前を呼ばれたので振り返れば。
何やら古賀は、俺の足元で落ち着きなく視線を泳がせていた。
「今はその……色々と誤解されてるかもしれないけどさ」
一つ一つ、慎重に言葉を選びながら彼女は続ける。
「いつかきっと、みんなもわかってくれるはずだから」
やがて俺たちの視線が勢いよくぶつかった。
「あんたを理解してる人間もいるってことをだけは、忘れるんじゃないわよ」
それは熱のこもった力強い言葉。
少し前までの古賀からは想像がつかない、人情味あふれる一言だった。以前の刺々しい古賀の姿が脳裏をよぎり、そのギャップで俺は思わず吹き出してしまう。
「お前もそういう顔するのな」
「は、はぁっ!?」
やっぱりこいつは良い奴だ。
今日改めてそれを実感させられた。
「惜しいな。口が悪くさえなければ惚れてやったのに」
「だ、誰もあんたに惚れてくれなんて頼んでないから」
俺はそんな冗談の後に、そっと古賀に笑いかけた。
「まあでも、理解者がいるってのは心強いよ」
あの事件後、俺がすぐに誤解を解こうとしなかったのは、全てを諦めていたからだと思っていたけど――逆に期待していたのかもしれない。
全員に理解して欲しかったわけじゃなかった。傍に居たいと思える存在が、俺という人間を理解し、傍に居てくれたら、きっとそれで満足だったのだろう。
だからこそ今、俺の気持ちはこんなにも高揚している。もしこれが”友情”じゃないのだとしたら、きっとこの先の人生で、俺に友人ができることはないのだろうな。
「ほれ、ツンデレが爆発する前に戻るぞ」
「ツ、ツンデレじゃないってば!」
青春なんてクソくらえと思っていたが。
まあ、案外こういうのも悪くはないか。
* * *
席に戻ると、何やら陽葵たちの様子がおかしかった。
もしや俺たちが居ない間に、また喧嘩でもしたのだろうか。
「お前ら何ピりついてんの?」
飲み物を両手に持ったまま尋ねれば。
三人はそれぞれ違った表情で俺を見る。
「……え、マジで何?」
なんだろう、この圧。
陽葵には細い目で睨まれ、夏希にはゴミを見るような視線を向けられ、葉月に関しては『やっちまった……』みたいな、バツの悪そうな目で見られている。
一ミリも意味がわからない。
「随分と楽しそうな顔で帰って来たなとは思ったんだよね」
と、最初に声を発したのは陽葵。
「悠にぃこんなことしてたんだ」
そう言うと陽葵は、テーブルのど真ん中に置かれていたスマホを手に取り、その画面をこちらに向けてきた。のだが……。
「これはどういうことなのかな」
「そっ、それはっ……!!」
そこに表示されていたのは、あろうことか例の爆弾写真。俺の命運を握っているといっても過言ではない、ギャルーズのパンチラ画像だった。
「てかこれ葉月のスマホじゃん! なんでっ!?」
「その反応的に身に覚えはあるっぽいね」
「悠にぃマジで最低」
慌てふためくしかない俺に、非難の声をぶつけてくるシスターズ。スマホの持ち主である葉月を見れば、未だ引きつった笑顔でポリポリと頬を掻いていた。
「なんで公開しちゃったわけ!?」
「それはー……」
「勉強教えたら秘密にしといてくれるって約束だよね!?」
俺が席を外していたのはほんの数分のはず。
その間に一体絶対何がどうしてこうなった!?
「実は気分転換にとあるイベントをしてまして」
「イ、イベント?」
「カメラロールにある写真で、センパイのキモい顔選手権してたんですよ」
何その人を傷つけることに特化したクソイベント。
「そしたらうっかり見せちゃいました」
てへっ、とあざとく舌を出した葉月。
俺の居ないところでそんなクソイベント開催しちゃうあたりヤバいけど、それであの爆弾級の写真を大公開しちゃうって……俺、こいつのこと一発殴っていい?
「でも安心してください。この写真のおかげで優勝できたんで」
「いや、全然おめでたくねぇから……」
悪びれる素振りもない。
マジで腹立つこのクソガキ。
「てか早く画面消せよ!」
「どうしてですか?」
「そりゃお前、もしあいつにでも見られたりしたら――!」
と、懸念したのも束の間。
「この写真なに」
俺が建てたフラグは一瞬で回収するに至った。
背後から飛んできたのはまるで冷気。
それを耳にした瞬間、背筋は凍ったように固まった。
「映ってるのあたしらだよね」
恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこに立っていたのは氷の嬢王的な何か。
「ち、違うぞ古賀。これは誤解で……」
「誤解? でもここにいるのあんたじゃん」
「それは……そうなんだが……」
マズい……パニック過ぎて言葉が。
このままだと俺、殺されちゃう……?
「しかもこれ修学旅行だよね」
「……」
「電車でスカートがフワッてしたあの時」
「……」
「あんたあたしらの下着こっそり見てたんだね」
何も言い返せなかった。
一応弁解しようと、何度か声を出そうとはしたんだ。
でもその度に古賀の凄まじい怒声に上書きされ、結局俺はけっちょんけっちょんになるまで、それはもう汚い言葉を浴びせられる羽目になったのだった。
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