第322話.小悪魔な彼女

 家に帰るとコートを脱いだ。

 外の寒さに比べてやはり家の中の方がまだ暖かい。


「暖房つける?」

「んー、そうしよっか」


 しかし外に比べてまだ暖かいと言うだけなので、しっかりと寒いものは寒い。

 リモコンでエアコンを操作すると、だんだんと部屋の中が暖かくなってきた


「よしっ、じゃあ先にお風呂貰っていいかな?」

「ん、いいぞ〜。お風呂は先に沸かしてたよな?」

「うん、学校出る直前にスマホで設定してたから沸いてると思うよ」

「おっけー。じゃあ温もってきてくださいな」

「はーい」


 私は体を温めるためにお風呂に颯爽と向かっていった。

 と、思っていたが、一つ思い出した事があったので私は一度リビングに戻る。

 戻ると刻はソファに座って英単語帳をペラペラと捲りながら見ていた。そしてこちらに気付いて不思議そうに「どうした?」と聞いてきた。


「忘れ物?」

「いいや〜違うよ?」

「あ、そう。じゃあどうしたんだ?」

「んーとね、刻を一緒にお風呂に入らないかと誘おうかと思って」

「……一緒?」

「いえす」


 ポカンとした表情を浮かべながら刻はしばらく放心状態に陥る。トテトテと刻の隣に座りながら「おーい」と声を掛けると「はっ!」と言って意識を取り戻した。


「大丈夫?」

「あ、うん。多分、大丈夫」

「そ、ならよかった。それでお風呂一緒にどうですか?」

「い、一緒に?本当に?」

「うん、本当に」


 珍しく私よりも顔を赤くしながら刻は俯く。

 何やらブツブツと呟いているらしい。


「お風呂……一緒に……あんな明るい所で……お互い何も無し」


 うーん、暗い所とはいえお互いの全部を見た事がある気がするのだけど。あれは夢だったのかしら。


「……ねぇ、私とお風呂……いや?」


 横から抱きつくようにしながら耳元でそう囁くと体がピクリと跳ねる。


「いや……嫌じゃないけど……。恥ずかしいと言いますか……緊張すると言いますか……」

「全部見た事あるのに?」

「そ、それは……それ。これはこれだろ」

「そうかなぁ」

「そうなの!と、とにかく今日の所は見逃してくれ」

「えぇー」


 がっかりしながら「ぶー」と唇を尖らせると刻は申し訳な表情を浮かべながら頭を撫でてきた。

 「ん……」と声を漏らしながら手の温もりを堪能していると、最後に刻が喋る。


「明日……明日ならいいぞ」

「ん?」

「明日なら一緒にお風呂……入る覚悟できると思う」

「本当?」

「多分……」


 自信なさげに声がしりすぼみになるが、言質を取れただけマシとしよう。


「じゃあ、明日を楽しみにしとくね?」

「おう。ただ笑うなよ?多分いつもよりも緊張してるから」

「ふふっ、それは私も同じだよ」


 ツンっと鼻先を私は指でつつくと、再度脱衣所に向かった。

 早く明日になれと思いながら私はお風呂に入る。



✲✲✲



 緊張する……。

 まさか急に帰ってきたかと思ったら、あんな誘いをされるとは思わなかったのだ。

 心臓にいくらなんでも悪すぎる。


「……今から筋トレ間に合うかな」

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