第318話.チョコレートの準備

「おぉ〜、トロットロだ〜」

「そうだね。あ、食べちゃダメだからね!」

「もー、蒼ちゃんったら。僕でもそれくらい分かってるよ」

「ほんとかなぁ」


 隣で「にししっ」と笑う凛を横目に見ながら私達は作業を続ける。


「蒼姉、これ使ってもいい?」

「ん、いいよ〜。あ、ユウは器用だからこの細かい作業頼める?」

「はい、分かりました」


 PhotoClubのメンバーとプラスうつみちゃん。イン鏡坂家だ。

 バレンタインが明日に迫った2月13日。今日は日曜日で明日のために準備を進めていたのだ。

 凛とユウはどうやらPhotoClubのメンバー、つまりは私やここにはいない刻のためにチョコを作ってくれるらしい。刻にもあげるのかと思うと少しモヤッとはしてしまうものの、友チョコならまだ許容範囲だろう。それに同じ部の仲間なのだ。

 と、初めは寛容な心で許すつもりだった。しかし、作り始める直前に凛に「僕はまだ諦めてないからね♪」と言われてしまったものだから、現在の私はものすごい焦りの渦中にいる。

 それに見ている感じ凛の手際が異常なくらいにいいのだ。作業それぞれが洗練されていて、明らかに慣れているのが一目瞭然だ。


「ねぇ、凛って普段からお菓子作りするの?」

「んー、時々かな。小腹がすいた時に家にあるやつを集めて適当に作ったりしてるよ。ほら、僕のインスタに投稿してる写真、あれ基本全部手作りお菓子」

「え、あれ全部手作りだったの!?」


 鍵垢なので相互フォローの人しか見れない凛の投稿している写真。そこには私達との写真の他にも確かにお菓子やスイーツが多く写っていた。写ってはいたが、あれはてっきりカフェなどのお店のものだと思っていたのだ。


「あ、もちろん多少はお店のもあるけどね?カフェ黒木とかのスイーツとかね。たまに行くからさ」

「黒木は私も知ってるけど……」

「あそこ美味しいですよね。サマーイベントのスイーツ、また食べたいです」

「ユウが珍しく物欲しそうな顔をしてるっ!?」


 と少し話が逸れそうになったが私は何とか話題を戻した。


「ハニートーストとかも手作りなの?」

「そうだよ〜。蜂蜜は高いからメープルシロップとかを色々代用してね。いやー……あれは夜中に食べちゃダメだよ。アニメのお供にしたのが間違いだった」


 過去の後悔を悔やむように虚空を眺めながら凛は「でも美味しかった」と呟いた。


「ハニートースト……私そんなもの作ったことないんだけど」

「意外と簡単だよ?」


 作業をしながら凛は私に片手間で工程を教えてくれた。

 私が話を聞いている間隣では現ちゃんがユウとお話をしている。


「有理さんは刻兄のことどう思ってるんですか?」

「鏡坂くんの事ですか?」

「ですです」

「そうですね、私は良い友人だと思って接しているつもりですよ」

「友人ですか。気になったりはしなかったんですか?恋愛的な面で」

「れ、恋愛っ!?」


 ユウはあからさまに驚きそして頬を染める。

 そして恥じらった様子を見せながらちらりとこちらを一瞥した。


「蒼さんの目の前で話す内容じゃないとは分かっているんですけど……そうですね。少し気になった時期は確かにあります」

「おぉ!」

「やや、隣で面白そうなお話をしてると思ってたら爆弾が落ちてきたね」

「ゆ、ユウも……」


 照れたように頬を掻きながら「でも」と言ってユウは続きを話し始めた。


「今はやっぱり良き友人です」


 ユウは静かに、けれど柔らかく部屋に響く声でそう言った。


「それに、私のその時の気持ちも、私を助けてくれた鏡坂くんの姿を見てから生まれたものですしね」

「助けてくれた?部活の事?」


 そう聞いてみるがユウは頭を横に振った。


「部活の事もそうですけど……やっぱり、断っているのにしつこくネチネチと陰湿に告白してきた男子生徒から助けてくれたからですかね」

「こ、告白されてたの?」

「はい、と言っても何ヶ月も前の話ですけどね」


 「ふふっ」と笑いながらユウは思い出すように話し始めた。

 夏の暑さが鳴りを潜め始め、次は文化祭だとみんなの意識が変わり始めた頃の話を。

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