第312話.お土産とお土産話
時計の秒針の音とシャーペンが紙を滑る音が部屋に響く。微かながら2人分の呼吸音も聞こえ、人の気配を感じさせるには十分な空間だった。
「むぅ……expressとexperienceの見た目が似てるから意味が混同する……」
隣では頭を抱えながら必死に意味を思い出そうとする蒼の姿が写った。真剣に取り組む姿勢は好意的にしか映らないので自然と手助けしている。
「そうだな、まずこんな感じの意味だなぁって朧気でもいいから覚えてる情報はあるか?」
「うーん……経験する?みたいな意味があった気がするんだけど」
「うん、それが分かってるなら話は早い。experienceは今蒼が言った"経験"を意味する英単語だ」
「ほぇ」
「多分何となく意味だけが単体で頭の中に残ってたのは、例文とかでも使いやすいからだろうな。片隅に残ってたんだろ」
「なるほど。じゃあこっちのexpressは?」
「そっちは"表現する"って意味だな。ほら、この長文の題的にも演技の事が取り上げられてるだろ?演技ってのは表現する事とニアイコールだからな。こういった所から分からない単語の意味を推測することも出来るぞ」
そう教えると蒼はたいそう感心したように大きく頷いた。
「刻って化学の勉強してた時も思ったけど、教えるの上手だよね」
「そうか?」
「上手だよ!だって私が理解しやすいんだよ?これで教えるのが下手なわけがない!」
自信ありげに俺の事をそう評価するものだから何だかむず痒く感じる。
頭を掻きながら「ふっ」と笑い俺は蒼の方を見た。
「じゃあ蒼の言葉を信じて、俺は蒼にいつでも教えれるように勉強しときますよ」
「うんうんそれがいいよ!あ、でも刻が勉強する時は私も隣で勉強するからね?寂しいから」
「はいはい、一緒に頑張ろうな」
頭をぽふりと撫でやりながら俺達は笑った。
さて、そこから蒼に教えたり個人で黙々と解いたりを繰り返していたら時間も程よく過ぎていた。
夕方とまではいかないものの、3時も過ぎていてそろそろ晩ご飯のメニューが何なのかは気になる時刻ではある。
定期的にちらりちらりと隣に座る蒼を見てみるが、こちらの視線に気付くことはなく真面目に解いているので声を掛けづらい。
うむ、お楽しみに晩ご飯のメニューは取っておくか。
自分の中でそう決めると俺はまた問題に取り掛かった。ただ次の長文が晩ご飯についての話題だった事については完全に予想外ではあったが。
✲✲✲
3日ぶりの部活は実に新鮮だ。特に三連休の初日に関してはただのサボりなので余計にそう思う。
「はーい、お土産だよ〜」
凛達を部室の中央に呼び私はUSJで買ってきたお土産を広げた。お菓子系のものは全員分と、各々にカバンに付けれそうなストラップを買ってきていたのだ。もちろん、私達に気を利かせてくれた羽挟先生の分もあるが、そちらはまた後日同棲について聞かれた時に渡すつもりだ。
同棲云々に関してどう話そうかと悩むが、別にストレートに理由を話してもいい気すらしている。親の許可はあるし、いや、むしろ親が嬉々としてこの計画を立てたぐらいなのだ。流石に先生もこれに関してはとやかく言えないだろう。
不純異性交友だと言われたらそれまでかもしれないが、そもそも私と刻は恋仲で、何より羽挟先生自体恋愛を否定するような人ではない。
おや?これってもしかしなくても勝ちが決まっているようなものなのでは!?という事は羽挟先生からの呼び出しはお土産を私に行く時間という認識だけでもはや十分だろう。
などという特に今現在と関係の無いことを考えながら私はそれぞれにお土産を手渡す。
「はい凛にはこれね〜。で、ユウがこっちで、江草ちゃんがこれ」
「おぉ!魔法学校の組章を模したキーホルダー!僕これ好きなんだよねぇ。2人ともありがと!」
「私のは白いワンちゃんですね。可愛いですありがとうございます」
凛は見るからに嬉しそうに、ユウはお淑やかに微笑みながらお礼を言ってくれる。
残すは私達の唯一の後輩江草ちゃんだ。果たしてどんな反応を見せてくれるのか。
「どうかな?」
「どうも何も嬉しいに決まってるでしょ!蒼先輩!この黄色い肌につぶらな瞳ほど可愛いものはないですよ!」
どうやら絶賛だったようだ。一安心。
ちなみに刻はこの3人の様子を少し離れた所で嬉しそうに眺めている。もうっ、3人へのお土産を選ぶのに何が喜ばれるか一番時間をかけて選んでたのにここに来ないとは。
私は刻の元に行くと強引に腕を引っ張った。当然刻もみんなも驚いた表情を覗かせる。
「さぁ、御三方!お礼はどうぞこの刻に言ってくださいな!私はどっちかと言うとみんなが喜ぶお菓子の方をメインに選んでたから、キーホルダーは全部刻が選んでるの。だから刻にお礼を言ってあげて!」
「なるほど、だからちょっと男の子が選びそうな要素が少しだけ入ってたのかぁ〜。ありがとうね、刻くん!」
「ふふっ、私のは可愛らしいチョイスだったので気付きませんでしたけど、鏡坂くんの繊細な感覚なら分からないでもありません。ありがとうございます」
「私はもとよりどちらにも感謝していたので!先輩ありがとうございます!」
「え、あ……う、うん。喜んでくれたんならそれでいい」
照れ隠しなのかそっぽを向きながら刻はそう言った。
私達はお互いに顔を見合せくすりと笑いながら刻にもう一度「ありがとう」と伝えるのであった。
✲✲✲
「それでね、刻がサッて私の体を支えてくれてさ、そのチャラ男2人を相手に私を守ってくれたんだ〜」
「きゃー!先輩さすがです!かっこいいですよ!」
「むぅ……惚気か、惚気なのかぁー!」
各々私が話す事に反応を示してくれる。刻はどこか居心地が悪そうにしながら変わらず部室の端に留まっていた。
「あ、あとは刻が女子大生に逆ナンされててね」
「んぇ?その話詳しく」
凛が想像以上に食い付くので私は少し驚きながら続きを話した。
「えーとね……」
そこからその日に起こった事、その事が起こるに至った経緯、刻が女子大生相手に言った言葉などを説明していく。
「なるほど、つまりは惚気話ということには変わりないようですね!」
「蒼ちゃん?僕の失恋に傷はまだ癒えきってないんだよぉ〜。泣いちゃうぞ?」
「ふふっ、蒼さんは本当に鏡坂くんの事が好きですね」
「ですね〜」
「す、好きで何が悪いっ!好きなものは仕方がないでしょ!ね、刻?」
「こ、ここで俺に話を振るな!」
部室には笑い声が響き、目の合った刻とはこっそり微笑み合う。
そんな1日過ごして今日の部活はおしまいだ。
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