第309話.キスマーク
私と刻のどちらもがお風呂に入り終えると時刻はすっかり0時を回っていた。
一日中パーク内を歩き回っていたせいで足にも体にも疲労が溜まっており、どちらも定期的にあくびをする。
私がすればそれが刻に伝播し、反対に刻がすればそれが私に伝播する。そんなことの繰り返し。
さすがに眠たいのをわざわざ我慢して起き続ける理由というのも存在しないので、私は刻を伴いながら寝室に向かうことにした。
寝室に入ってすぐのところにあるダブルサイズのベッドはふかふかで、疲れた私達の体を包み込み癒してくれる。私のすぐ隣に刻の体温があるから余計に癒される。
「あったか〜い」
刻の胸元辺りに顔を埋めながらそう言うと、刻は何も言わずに私の後頭部に手を回して抱き締めてくれた。それに嬉しくなった私は呼応するように刻の背中に腕を回してギュッと抱き締める。
パジャマを隔てた向こう側からはトクトクと刻の規則正しい心音が聞こえてきて、これがまたすごく落ち着くのだ。
「蒼の体……柔らかくて気持ちいい」
「……褒めてる?それとも太ってると言いたいのかな?」
「んー?女の子特有の柔らかさが心地いいって話だぞ〜。蒼は太ってないから安心しろ」
「ならいいんだけどさ」
一瞬本気で太ってしまったのかと不安になってしまった。ここ最近はテストによるストレスで少し間食が増え気味だったから余計に。
しかしまぁ、太ってないと言うなら太ってないうちに食生活を元に戻せばこれ以上悪化することはないだろう。
「にしても、いきなり柔らかい発言は怖いからやめてよねー」
「あはは、それはそうだな。すまんすまん」
「もうっ……」
反省しているのかいないのか。
刻の顔は見えず声色だけで判断するしかないが、それでもどっちともつかないトーンだ。つまるところ本当に分からない。
気にしても仕方がないし、刻は私の嫌がることはしないと知っているので信用はするが、ちょっとした罰程度にイタズラをするくらいなら許されるだろう。
頭を少し上に運び視界の隅で刻の首を捕捉する。そして少しだけ勢いをつけて首を伸ばすと刻の首筋にキスをした。
ちゅっという音が寝室に響くのを聴きながら私は無我夢中で一点集中のキスをする。こうすることによってキスマークを付けれるはずなのだ。
しかし何かとキスマークを付けるのは大変だ。ただキスをすればいいわけではなく、吸い付くようにして初めてできるもので、しかもその吸い付きが弱ければ少しの間しかマークとして残らない。これは単純に私の肺活量的な問題も出てくるので時間はかかる。
「蒼?なんかキス長くない?」
「んーん」
気のせいだと言う意味合いを込めてそう返事をすると「そうかな」と言いながら私の髪の毛をさらりと手櫛で梳いてくれた。
優しい手で髪を梳かれるのは好きだ。直接的に神経が通っているわけではないものの、触れられているという実感とともにとても気持ちがいい。頭を撫でられている時と似たような感覚になるのだ。
「……ちゅぱっ」
「ん、キス終わった?」
「ちょっと待ってね」
刻にはキスマークを付けるイタズラについては話していない。ので当然そんなキスされた箇所の事など気にしているはずもなく私に話を振ってくるのだが、私の目的はキスマークを付けることだ。まずは話よりも先にそちらが完了しているかを確認しなければならない。
ヘッドスタンドの薄暗い明かりの中でじっと目を凝らしながら首の辺りを見つめていると、微かに色の違う場所を見つける。ほんのりと赤っぽい。おそらくキスマークに関しては成功だ。
「うん、終わったよ」
話すのを一時的に止めていた刻にそう報告すると刻はこくりと頷いた。かと思えば後頭部に回していた手を私の顎辺りに持ってきたではないか。
「ん、どうしっ……んん!?」
次の瞬間にはなんの前触れもなく熱いキスをされる。
いつものように舌は交わりお互いがお互いを貪るようなそんなキスだ。
「……ぷはっ」
「……んはっ!はぁっはぁ……」
少し乱れた呼吸を整えるようにお互いに息を吸いながら見合った。
「ど、どうしたの?」
「ん?蒼にキスしたかったからキスしただけ」
「なら、そんなに強引にしなくても言ってくれたらよかったのに」
「それなら蒼だって首にいきなりキスしてたけどな」
「そ、それはー……まぁいいから、とにかく刻の頼みなら聞くからね?言ってよ?」
そう言うと刻は少し悩む仕草を見せた後に私の顔を見てくる。
「体力まだある?」
「体力?まぁ、少しだけなら」
「じゃあ……」
その後は耳元で色っぽく刻に囁かれた。
「……しよっか?」
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