第308話.鼻歌の歌詞
「き、急にどうした?」
少し頬を染めながら刻は私にそう尋ねてくる。
「ただの愛情表現ですよ〜」
「そ、そうか」
「うん!あ、それとももっと直接的なことの方がよかった?」
「え?」
「例えば〜……エッチな事、とか?」
ちょっとしたおふざけのつもりでそう言ってみると珍しく刻は焦った様子で、私の口をテーブルに身を乗り出しながら塞ぐ。
そして赤く染めた頬はそのままに、目を細めながら私の事を咎めるように見て「こら?」と注意してきた。
「ここはお店ね?ファミリーって付くジャンルのお店ね?」
「う、うん」
「つまり子供もいると。実際に近くの席にもいるでしょ?」
刻がちらりと見た方向には確かに子連れの親子がいる。
「だから、下手にそう言うきわどいワードは話さないようにね?分かった?」
「は、はい……ごめんなさい」
「分かったならよし」
頭を一回ポンッと撫でると刻は元の姿勢に戻った。
確かにここはファミレスだから、エッチ発言は危ない。特に子供の前では尚更。だが、逆に言えば子供のいない、かつ2人きりの家で言う分にはセーフでは?と思う私がいない訳でもないのだ。
脳内で小悪魔な私が「イヒヒ……」と笑うのを遠目にまともな私と天使な私は一緒になって眺めながら、注文した品が来るのを待った。
✲✲✲
家までコンビニに寄ってアイスを購入しながら帰ると時刻は23時を回ろうとしていた。USJを出たのが19時前後だったのでそこから4時間も経っていることを考えると、かなりゆっくり帰ってきていたということになる。
荷物をテーブルの上に置きながらコートやマフラーを脱いでハンガーにかけると一度私達はソファに座って「ふぅ……」と息を吐いた。
「疲れたねぇ……」
「だな……」
「でも、楽しかったよねぇ……」
「そうだな……」
そんな会話を交わしながらお互いの顔を見合いながら「ふへへ」と2人して笑う。
私はのそりとソファから立ち上がると「お風呂入ってくるね」と言い残して部屋を出た。
大して汗をかいていないとはいえ、さすがにそのままにするのはいささか気持ちが悪い。こういった事は早めに対処するのが先決なのだ。
脱衣所に入るとハーフアップに纏めていた髪の毛を解き、衣類もネットに入れたりと色々分別を済ませてから洗濯機に放り込む。
お風呂場に入ると初めにシャワーで軽く体の汗を流す。これだけでも随分とスッキリするものだから人の体は不思議だ。
次にシャンプーとリンスで髪の毛を洗い、洗顔とスキンケアを行いつつ、体も洗う。
とっくの昔に慣れた動作を繰り返しながら、私は鼻歌を歌った。
「ふふんふふ〜ん、ふ〜んふふ〜ん♪」
その場で思いついた即興だらけのリズム。当然該当する歌詞なんて存在する訳もなく、ただ歌詞の代わりに今日の思い出を脳内でMV代わりに再生していた。
たった数時間前の記憶だというのに、楽しい出来事というのはどうしてこうも一瞬で過ぎ去りはるか昔の事のように感じてしまうのだろうか。それが人間の特性なのかどうかは知らないが、楽しい記憶はしばらくはもっと身近なものとして自身の中にしまっていたいものだ。
チャポリと湯船に足から入りながら私は唐突に後悔をする。
「……しまった、刻をお風呂に誘えばよかった」
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