第306話.やっぱりヒーロー
アトラクションを乗り終えた後に、私達はクモさんのグッズだけが売られているショップで少しの時間を潰す。
主に服やぬいぐるみ、キーホルダーといったものが多い。中にはシャーペンやコップもありはするが、買うとしたらやはりキーホルダー辺りが一番無難なのだろう。
「かっこいい……」
しみじみと刻はそう言いながら、色んな種類のキーホルダーを手にとってはまじまじと眺めている。
やはり刻も男の子なのでヒーローというものには小さい頃からの憧れがあるようだ。
「どれか買うの?」
「うん、多分買う……けど」
「けど?」
「単体で売ってるやつが少ないんだよな。いいと思ったやつは大抵複数で売ってるからさ」
「あぁ、確かに」
ショップに並ぶキーホルダーの大半は二つセットもしくは、四つセットだ。まれに三つセットのものもあるが、刻が欲しいのは単体で売られているものなので結局条件には当てはまらない。
「悩むなぁ。複数あっても場所に困るだけだし……どうしよう」
顎に手を添えながら刻は真剣な眼差しでひたすら吟味していた。
そんな姿を隣で横目に見ながら私は一つ提案をしてみる。
「私と2人で買ってさ、お金半分ずつ出し合ってキーホルダーも半分こするのはどう?」
「いいのか?俺はいいんだけど、蒼ってこういうのに興味無さそうだから」
「いいのー。私は刻と思い出を共有できるものが欲しいだけなんだから。それにこのヒーローくらいは知ってるしね」
「んー、なら一緒に買うか」
「うん、そうしよ」
そう言って私達は2人の意見を擦り合わせて一つのキーホルダーを選ぶとそれをレジに持っていく。
会計を済ませて外に出ると早速そのキーホルダーをバッグに付けてみた。
小さなヒーローのキーホルダーはチャラチャラと音を立てながら、バッグのワンポイントになっている。
「可愛いね」
「だな」
刻のバッグにも私と色違いのヒーローが存在感を放っていた。
✲✲✲
少し歩いてから休憩がてら道の端に寄って私達は写真撮影を始めた。
普段の部活で写真は撮り慣れている。光の加減に角度、方向まで計算し、完璧なものをパシャリと撮りながら私達は満足気に笑った。
「あのー、すみません」
「はい?」
2人で写真を楽しみながら撮っていると、家族連れらしきお母さんが刻に話しかけてきた。何事だろうと思ってそちらの方を向くとそのお母さんは写真を撮ってくれないかと頼んでくる。
「分かりました。じゃあ、蒼少しだけ待っててくれな」
「うん」
快く刻は了承しすぐさまその家族達が集まっている場所に向かっていった。
「さすが私の彼氏さん。人あたりの良さも完璧」
そんなことを呟きながら少し待っていると、隣から声をかけられる。
「ねぇ、君1人?」
話しかけてきたのはいかにも遊んでます感が滲み出ている男性2人組だった。髪の毛は金に染めて、鼻イヤリングまでしている。
「いや、違いますけど」
「そうかぁ。誰待ってるの?女の子?」
「女の子ならさ俺達と一緒に遊ばね?なんならその後俺達が取ってるホテルで遊ぶのもいいと思うんだけどさ?」
「どうよ?」
交互にどんどんと話してきて、私に言葉を話す猶予を与えてくれない。
周りの人達はBGMや人の声で騒がしいのか、これに気付いていないようだ。
しかしナンパとは、今日は刻の女子大生事件に引き続いてやたらとめんどくさい事に絡まれる。
「い、いや……彼氏を待ってるんで。結構です」
割とはっきりした口調で物怖じせずにそう言うと男性2人の顔に少し陰りがかかった。
「へぇ、彼氏。でも今はここにいないでしょ?」
「いいんだよ、本当は女の子を待ってるけど俺達の相手するのが面倒くさいからって嘘つかなくても」
よく分かっているじゃないか。あなたたちの相手をするのはとても面倒くさいよ。
「本当に彼氏を待ってるんです」
再度そう言うと今度は言葉ではなく行動に変わった。
「いいから行こうよ?楽しいよ?」
そう言って私の手首の当たりを強引に掴む。
思わず足のバランスを崩しコケそうになると私の体がふっと浮くように支えられた。
「あ?あんた誰?俺達今この子遊びに誘ってる最中なんだけど」
「分かったら消えてくれる?」
私の体を支えてくれていた主は私の事をしっかりと立たせると2人に向き合う。
「……あ、刻」
主の名前を言いそうになったタイミングで私は思わず口を噤んでしまった。
顔に浮かぶ表情が今まで見た事がないくらいに怒りで満ちていたのだ。
「失せるのはあんたらの方だよ。俺の彼女に手を出すな」
「はぁ?知るかよ」
「だいたい彼女ほっておいてその場を離れてたお前の方が悪いんだろうが!」
「ち、違……」
「蒼、大丈夫だから」
小さくそう制されると、私は今一度口を噤む。
「もう一度言う。"失せろ"」
今度はアクセントを強くして明らかに敵対心丸出しでそう言い放った。さすがにそう言う刻の気迫には何か感じるものがあったのか、2人はジリリと後ずさりする。
「は……はっ!ど、どうせ彼女に手も出せない童貞野郎に何言われても何も思わねぇよ!」
「そ、そうだ!」
傍から見ればその2人の様子はただの負け犬の遠吠えだ。
明確に負けた訳でもないのに、ただ刻は「"失せろ"」と強く言っただけなのに、その程度で負けるちっぽけな男達だ。
それに刻は童貞なんかじゃ……ないし。
少しだけ頬が熱くなるのを感じながら私は事の行く末を見守る。
「お前ら……そろそろいい加減にしろよ?」
「ひっ……」
刻よりも少し体は大きいのに、こう見るとプレッシャーのせいなのか刻の方がよっぽど大きく見える。
「最後通告だ」
「"失せろ"」
刻のその言葉を皮切りに男達は逃げるようにどこかに行ってしまった。おそらくはこのまま帰るのだろう。さすがにこのパーク内でまた刻と出会いたいとも思わないだろうし。
「ねぇ、刻」
「うん?」
「助けてくれて、ありがとっ」
そうお礼を言ってから私は人目もはばからず刻にキスをした。
さすがにこれは恥ずかしかったのか「き、キスは……2人きりの時にしてくれ」と言って刻は頭をかく。
「えへへ、じゃあおうち帰ってから……ね?」
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