第16話.遊び

「あぁ、そうだった」

「何が〜?」


 手を引っ張っている凛がそう聞いてきた。


「いや何でもない」

「そう?」


 凛は納得したように、いや正確には納得していないだろうが、俺の言葉からはもう既に関心を逸らしている。

 だが何も無しに「あぁ、そうだった」と言うわけがない。俺が言ったのには明確な理由があり、そしてその理由は簡単だ。それは、今日凛に普通にカラオケに行こうと誘われたから。


「カラオケ何歌おーかなー」

「華山さんは何歌うの?」


 空宮と凛は何を歌うのかと華山に問うている。


「わ、私はその、みんなが好きな流行っている曲をあまり知らなくて……」


 華山はモジモジ少し申し訳なさそうにそう答える。だが華山の意見には俺も同意だ。だって最近の曲なんて聴かないし、どっちかと言うと俺は波の音とか雨音とか、いわゆる自然の音を聴いてるな。あれを聴きながら勉強すると集中出来る気がするのだ。

 自分の意見を一通り自分の中でぶつくさ呟き終える頃に空宮が話し始めた。


「大丈夫だよ。ユウが知ってる曲でいいし、私もマイナーな曲歌うつもりだから」

「私に関してはイギリスの方のバンドの曲だからね。知らない方が普通みたいな曲歌うよ。ほらこのバンド」


 空宮はサムズアップをしてみせると、凛は自分のスマホで歌うつもりのバンドのアルバンの写真を見せている。

 多分、別にみんなが知ってる曲じゃなくとも私達は一向に構わない、と言う意思表示なのだろう。ここは一つ俺も助け舟を出すか。


「2人の言う通りだな、俺だって歌うのだったらそれこそ親が元々好きなバンドの曲だし。だから華山、別に気にすることないぞ?楽しむのがここでは正しいんだから」


 そう言って華山の方を見る。すると、そのタイミングで吹き始めた風によって華山の銀色がかった黒髪は揺られた。

 時折髪の隙間から見える華山の表情は、少し安堵したような顔だった。多分少し緊張が解けたのだろう。


「分かり、ました。では、カラオケに行きましょう!」


 華山はそう言うと胸の前で小さく拳を作り気合いを入れる。するとそれに乗るように空宮と凛も声を上げた。


「よーし、じゃあいざ行かん!」

「目的地は六甲道のカラオケだー!」


 そう言って俺達は歩みを止めていた足をまた動かす。

く周りの歩調に合わせながら、それでも自分の歩調は残しつつ。

 一歩ずつ確実に。



✲✲✲



 JR灘駅まで歩き、そこから電車で約5分程揺られて六甲道に辿り着いた。

 改札を抜け外に出てみるとバスのロータリーがある。この時間帯は家に帰宅する学生が多いようで、複数あるバス停にはそれぞれ長蛇の列が作られていた。


「えーと、地図によるとカラオケは……こっちか!」


 スマホでカラオケ店の位置を確認しながら空宮が俺達の事を先導してくれる。カラオケ店に行く道のりには、某黄色いMが有名なハンバーガーショップからいい匂いが漂ってくる。

 中からはピロリッピロリッピロリッと、独特なあのポテトの出来上がりを知らせるアラームも聞こえてきた。

 歩く事約2分、俺達は目的の場所にへとたどり着いた。どうやらここのカラオケ店は、ビルの一部の階が全てカラオケ店となっているようだ。


「へー、ここがカラオケか〜」

「んあ?凛はカラオケに行ったことないのか?」

「そうだよ。向こうではカラオケに行く機会がなかったしね」

「そうなのか」


 これはこれは予想外。ノリノリでカラオケに行こうと誘って来たものだから、てっきり行き慣れてるものだと思っていた。


「空宮はカラオケ行ったことあるか?」

「あるよ。中学の友達とたまに行くしね」


 まぁ、これは予想通り。


「そんなことより早く行こ」


 空宮はそう言うと華山と凛の手を引いてエレベーター前まで小走りで行った。

 俺達はエレベーターに乗り込みカラオケの受付のある階のボタンを押す。流石に大人サイズの人間が4人も乗るとなると窮屈に感じる。


(あと誰のかは知らんが胸が当たってる!やばい柔らかっ!)


「きゃっ!誰か私の胸触った!?」


(やば、多分それ俺だ。バレたら殺されるぅ……)


 不意なアクシデントだったとはいえバレたら気まずさしかない。


「もうすぐ着くから蒼ちゃん少し我慢しててね〜」

「我慢出来るかっ!」


 凛が奇跡的に空宮の意識をそらしてくれた。


(助かったありがとう、命拾いしたわ)


 ものの数秒で目的の階に着き俺たちはエレベーターから降りた。


「ふぇーやっと降りれた」

「お疲れ様です、蒼さん」


 空宮はため息をつき、華山が労うというエレベーターを乗って降りただけだとは思えない会話が繰り広げられていた。


「じゃあ受付済ませよっか」


 凛がそう言うと俺達は受付口まで行く。


「いらっしゃいませ。何名でのご利用でしょうか?」


 受付の前に立つと店のスタッフが声をかけてくれる。


「4人です」

「何時間のご利用でしょうか?」

「何時間歌う?」


 凛がそう聞いてくる。

 そうだな、今日暇だし別に何時でもいいんだけど。


「じゃあ3時間!」


 空宮が声高らかにそう言った。

 俺は特に反対する理由もないので賛成する。


「いいぞ」

「私も大丈夫ですよ」


 どうやら全員大丈夫そうだな。

 俺が凛の方を向くと、凛は頷きスタッフの方を向き直した。


「じゃあ3時間でお願いします」

「分かりました、4名様で3時間のご利用ですね」


 スタッフはそう言うと部屋の番号の書いた紙となんか板みたいなやつを渡してくれた。

 さてと今日は歌うか。

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