第12話.転校生

 五月に入った。

 四月に比べると格段に暑くなっている。この時期から多くの生徒は、長袖から半袖の制服に切り替わることが多いが、かくいう俺もその1人だ。朝のバスの人混みにやられて暑くなるこの季節。早速半袖に感謝しているところだ。

 降りたバス停からしばらく歩き、学校の校門に着く。

 校門前には教師陣並んでが朝の挨拶運動をしているが、大きな声でするのは疲れるので小声で挨拶をしてその場をやり過ごす。

 そのまま校舎に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。


「よっ!鏡坂」


 灯崎赤人だ。

 1年生の時からここ山海高校のバレー部レギュラーとして活躍し、2年生となった今では部長をしているチャラけた性格とは裏腹に意外と凄いやつだ。


「おはよう、鏡坂」


 そしてもう1人、灯崎と同じく1年生からバレー部のレギュラーとして入って、今では灯崎の補佐とストッパーの役割を果たしている上木大地だ。身長は180cm越えの灯崎に比べて低く、175cmという割と平均的な身長らしい。ポジションはリベロなので、あんまり関係ないと気にしていないらしいが。


「よう」


 返事を返すと自分の教室へ向かう。

 同じクラスのこいつらも俺に続くように歩いている。相変わらず灯崎はうるさいが、上木はそれを上手にいなしている。

 本当に凄いな。

 教室に着くと自分の席へと足早に急ぐ。すると、俺が教室に入ったのを見ていたのか空宮が近付いてきた。


「刻おはよっ!」

「おう、おはよう」

「なんか刻、眠そうじゃない?また寝不足?」


 空宮は俺の顔を心配そうに覗き込む。


「大丈夫だ。少し夜更かし過ぎただけだよ」

「夜更かしって何時まで?」


(おっと、それを聞いちゃいますか。出来れば言いたくない……)


「ほら刻早く言ってよ」


 どんどん聞いてくる空宮。

 俺は渋々口を開いた。


「3時まで夜更かし……してました」

「はぁ……」


 空宮の方からため息が聞こえる。

 空宮の方を見ると、呆れた様な顔でこめかみを抑えている。


「そりゃ寝不足にもなるよ。3時まで何してたの?エッチな動画でも見てた?」

「そ、そんなもん見るかっ!」

「おやおや?反応が怪しいですね〜」


 空宮はこちらをにやにやした表情で見てくるので、なんだか居心地が悪い。


「怪しくなんかないし、本を読んでただけだし」

「なーんだ、つまんないの」


 そんな事を話していると担任の羽峡先生が入って来た。


「先生来たし私行くね」


 そう言って空宮は手を振り自分の席に戻る。

 先生が来てホームルームが始まった。どうやら何かお知らせがあるらしい。とは言っても、俺には大体いつも関係ない事だ。今日も寝ていても大丈夫だろ。

 そう思い俺は机に伏せる。だが、すぐに寝れるわけでもないので周りからは色んな音が聞こえる。

 しばらくすると黒板に字を書くチョークの音が聞こえてきた。周りの生徒からは、「男子かな?女子かな?」と騒がしい声が聞こえてくる。

 そんな声がしばらく続くので、さすがに気になってきて俺も黒板を見るように顔を上げると、黒板に書かれた文字が目に入ってきた。黒板に書かれていた白い文字は……、


「転校生」


 思わず音読してしまった。

 だが考えてもみてくれ、この時期に転校とは些かおかしくはないだろうか。新学期が始まったばかりのこの時期に転校してくるなんて。と言ってはみたものの、やっぱりあんまり関係ないか。

 そう思いもう一度机に伏せようとした時、教室のドアが開いた。

 クラスの生徒の視線は自然と全てそちらに向く。俺も思わずそれにつられて見てしまう。

 入って来たのは、肩より少し短い毛先がくるっとしている金髪ボブの美人な少女。目は碧色で透き通っている。だがどことなく日本人らしさを感じさせる部分を持った不思議な少女だ。

 その少女に見とれていると、自己紹介が始まった。


「凛・テイラーです!父がイギリス人で母が日本人のハーフです。父の仕事の都合で12年ほどイギリスにいましたが、今日から日本のこの学校に転入する事になりました。これからよろしくお願いします」


 少女が自己紹介を終えると、男子からは歓声が上がった。主に「美人が来たぞー!」という内容だったが。

 だがそれ以前に俺は引っ掛かりを覚える。

 間違いなく俺はあの少女を知っている。だがどこで出会ったのかすぐに思い出せない。何年も前のような気がするのだが……。

 必死に思い出そうとしていると視線を感じた。

 その視線の主は前に立つ凛。


(何だ、俺何かしたかな?)


 すると凛はまた自己紹介の続きを始める。


「実は、僕は昔日本に住んでいました。その時のお友達が空宮さんと鏡坂くんです!」


 そう凛が言うと、クラスの全男子の目線がこちらに向いた。だが、今の俺にはそんなことはどうでもいい。

 思い出したのだ。彼女とどこで出会ったのか。

 彼女がさっき言った12年前、その時に空宮と一緒に凛とも遊んだのだ。そっから仲良くなってよく遊ぶようになって、けれど引っ越しちゃって、みたいなことがあった。

 担任の羽峡先生は凛の席を指定する。

 俺の右隣の席。

 凛は席に着くとこちらを見てこう言った。


「久しぶり、またよろしくね!」


 彼女はその透き通った白い肌を赤く染めながらそう言った。

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