第9話.休日の街
空宮と別れた後、俺は最寄り駅に向かい電車に乗った。
向かうは、御影にある、ショッピングモール。中には服屋さんから百均、スーパーマーケット、本屋など色んな店舗が入っている。
ショッピングモール自体は駅からそこまで離れておらず、徒歩5分程で着く距離だ。
休日というだけあって、電車の中も街を歩く人も多い。少し離れた所には、駅の柱にもたれかかっているオシャレな格好をした、俺と同じくらいの年齢の女の子なんかもいる。おそらく友達か彼氏かを待っているのだろう。
俺は前に向き直ると歩き始める。
ショッピングモールの中に入ると、新生活応援キャンペーンと書かれた幟のぼりが上がってる。
にしても……、
「人が多いな……」
元来俺には友人と呼べる人があまりおらず、学校でも大勢でつるむことが比較的少ない。だから、人混みは苦手なのだ。
それにこの時期は、人が集まると熱が籠って汗ばみやすい。冬ならいいんだけど。
なんとか人混みから抜け出し、エスカレーターを使って三階まで上がる。
上がってすぐの所には、大量の本を置いた本屋さんが入っている。本当にここにはお世話になる。文房具も売ってるし、本は買えるし、何時間でもいれる。
店に入るとすぐに小説コーナーへと向かう。
漫画もよく読むが、今日買うのは前々から欲しかった作家さんの最新作だ。
「あったあった」
目当ての本を手に取り、レジに向かう。
男性と女性の買い物の仕方の違いは、目当ての品が決まっているかいないかの違いだそうだ。
男性の多くは今日の俺のように、先に何を買うのか決めておいて直ぐに買う、というのが普通らしい。だが女性の場合は店で決めるという事が多いらしい。これが、男女の買い物の際に生じる時間の差だ。という事をテレビで言ってた。
テレビ便利。何でも教えてくれる。雑学、豆知識、歴史、料理のメニュー、ニュースから何から何まで。
心の中でテレビのいい所を思い浮かべながら、俺は近くのカフェ黒木へ向かうった。そこで買ったばかりの本を読むのが俺の楽しみの一つなのだ。
カフェに入ると、見覚えのある顔がそこにはあった。
銀色がかった黒髪に、大きな瞳で二重、黒を基調としたレディースの服に、チェックの膝までのスカートを穿いている女の子。
そう、我が部の部長。
華山有理。
なにやらケーキを凄い良い笑顔で眺めてるのだが、好きなのだろうか。というか、今華山が座ってる席って俺のいつもの定位置ではないか。
(どないしましょ)
すると、一口目を食べてさらに良い笑顔になった華山がふと顔を上げた時に、俺の存在に気付いたようだ。
「あわわわっ!?」
ケーキを食べている所を見られたのが少しというか、だいぶ恥ずかしかったらしく華山はあたふたしてる。
「よう」
華山がさらにパニックにならないように、いつも通りに声を掛けた。
「こ、こんにちは。……あの、見てました?」
「いや、何も見てないけど」
「そうですか、ならいいんですけど」
ほっとした様子で胸をなで下ろしている。
まぁ、全部見ていたと言えばそれまでなのだが、これを話したら、華山がダッシュで逃げそうなので言わないでおく。
自分の中で色々と整理をしてると、華山が何かを聞きたそうにしてこっちを見てる。なんだろう?
「こっち見てどうした?」
「あ、あの!どうして鏡坂くんはここにいるんですか?」
「あぁ、ここ俺のお気に入りのカフェなの。だから今日もここでさっき買った本を読もうって感じ」
「そういう事だったんですね」
華山は納得したように頷いている。
すると華山はこちらを向き手招きをした。
「あの、鏡坂くんもこっちに座りませんか?鏡坂くんが嫌でなければですけど……」
華山は最後消え入りそうな声でそう言った。どうやら中々勇気のいることを言っていたことに今気づいたようだ。
だがまぁ、俺には断る理由もない。いつもの席で本読めるわけだし。
「じゃあお言葉に甘えて、ご一緒させてもらうよ」
「はいっ!」
俺達は席に座ると、コーヒーを一つ注文する。華山は紅茶を頼んでた。
それからしばらくの間、俺たちの間には沈黙が走る。ただそれは嫌なものではない。俺は本を読んでるわけだし、華山はケーキをまた美味しそうに食べてる。会話が無くても不思議はない。
そんな事を考えていると、華山はふと思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば明日の部活はお休みだと私伝えてましたっけ?」
「いや、特に聞いてないけど」
「そうですか。実は明日部長会議なるものに出席しなくてはならなくて、部活をお休みしなくてはならないんです」
なるほどね。部長は大変だな。
「あの、なので蒼さんにも伝えて貰えるとありがたいんですけど」
「了解、後で伝えとくわ」
そう言うと、華山は少しほっとした様子で紅茶を1口飲む。
俺達は静かに店内に流れる穏やかなBGMを聴きながら、また読書やケーキを食べることに戻る。
✲✲✲
1時間程いただろうか。俺と華山はカフェの外に出た。
「美味しかったですねぇ〜」
華山は、普段の物静かそうな雰囲気を感じさせないくらい、ぽわぽわした雰囲気を纏っていた。
「気に入ったのか?」
「はい!とっても美味しかったですよ!鏡坂くんも食べてみてくださいっ!」
相当お気に召したようで、華山は俺に強く勧めてくる。
いつもの華山はどこに行ったのやら。
「また次行った時食べとく」
「そうして下さい!なんなら、私も誘って下さい!」
「分かった、行く時は誘う」
「はい!」
なんかデートの約束みたいだな。華山は気付いてないみたいだし、言わないでおこう。俺のちょっとした秘密だ。
しばらく歩き、駅に着く。
改札を抜けた後、帰る方向の違う俺たちは、お互いの方を向き別れを告げる。
「じゃあな」
「はい、また次の部活で」
俺は駅のプラットホームに出る。
向かいのホームにはちょうど同じタイミングで出てきた華山が立っており、向こうもこちらに気付いたようで手を振ってきた。俺も手を振り返すと、そのタイミングで向こうのホームに電車が来て華山の姿が見えなくなる。
「さて、俺もササッと帰りますか」
早く自分のホームにも電車が来ないかと、俺は電光掲示板に目をやる。
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