第7話「虎視眈々」
『出会ってからは14年経つわけですが、あれが14年も前の出来事だったということに驚いています。未だに部活の人達が我が家に集まることを思うと、あの3年間は本当に濃かったんだなと思います。集まる度に散らかしてしまうのは本当に申し訳ないと思ってます』
◆
久遠がバレー部を辞めた。学校に来ても俺と話すことはおろか、バレー部の面々とも話すことはなくなっていた。それが7月の上旬のこと。喪失感を埋めるかのように俺は必死に部活へと行き、それは合宿の間も変わらなかった。
「涼平、大丈夫か?」
いつも半笑いの彼は相変わらずの笑顔で熱中症で倒れていた俺の元にやってきてくれていた。
「……凛太郎、練習は?」
「もう終わったよ。先輩らも心配してたぜ?」
「……ごめん」
「合宿で浮かれてるのかは知らないけど、頑張りすぎだっての。どうしたんだよ」
言ってしまっても良かったが、プライドに邪魔される。久遠がいないことに傷ついている自分を認めたくなかった。
「まぁ、良いや。戻って来れそうなら戻ってこいな。夜は花火見に行くって話になってるらしいし」
「あぁ、分かった」
花火か。夏の風物詩ということを意識すると、久遠とは四季の中でも1つしか過ごせていなかったという事実が浮き彫りになる。
「……案外、短かったな」
花火のような短く激しい恋はたった3ヶ月の間の出来事。それに引きずり続けられている自分と馬鹿だと客観視する自分がいる。難儀なものだ。
不意に扉が叩かれ、返事を待たずに北庄司が入ってくる。 片手でお盆を支え、片手でドアを開けたようだ。
「雨森、ご飯。食べれそう?」
「あぁ、悪いな」
「良いよ、私優しいから」
北庄司は冗談と言いたげに笑みを浮かべ、移動式のテーブルにご飯を置いて、俺の前まで持ってくる。
「俺が倒れたあと、なんの練習した?」
「倒れた後? ランニングまではやってたか。となると、筋トレと練習試合だったかな」
「練習試合?」
「3年生と1,2年生でやってた。といっても、1年生はほとんど出れなかったけど」
「ほとんどってことは誰か出たのか?」
「……1人だけね」
露骨にムスッとした表情で憎たらしげな雰囲気を醸し出したため、その1人は容易に察することが出来た。
「凛太郎か」
「あいつ馬鹿だけどセンスだけはあるからねぇ。ムカつく」
「センスはあるけど、それ以前に凛太郎は努力するからな」
「あんたが倒れてなければ出れたでしょうに」
「どうだか」
「はぁ、熱中症なのか、日射病なのか。はたまたそれ以外なのか。キャプテンが言ってた、どうなの?」
「ただの熱中症」
「へぇ……じゃあ確かめてあげる」
テーブルを右によけ、目の前に座った北庄司は俺の首に両腕を回してくる。驚くという感情が湧かないのは以前からあった彼女の良心に薄々下心を感じていたからだろう。
別の体温、別の雰囲気、別の匂い。そこに別の存在がいるという違和感。
『離さないで、私を嫌いになるその日まで』
この人では星宮久遠にはなれない。
「ほら、違うでしょ?」
拒絶された北庄司は慌てるわけでもなく、悲しむわけでもなく、笑っていた。
「それが今の雨森の状態」
北庄司は何事も無かったかのように部屋を後にする。消えたと思っていた傷は強く強く身体を蝕んでいた。
◇
「山吹」
「おう! ……て北庄司か。なんか用でもあんの?」
「無かったら呼ばないっての」
スマホから目を上げた山吹は北庄司だと気づくと露骨に声のトーンが下がり、北庄司もどこかイライラしたような素振りを見せながら、彼の前に立つ。
「単刀直入に言うわ、私雨森のことが好きなの」
「……そうか」
「嫌? 親友と嫌いな女が付き合うって」
「涼平がそれで良いって言うなら、邪魔はしない」
「流石は単細胞。馬鹿でも友達思い」
「あ?」
「ここで大喧嘩するのは嫌。さてと、花火見に行く準備しよっと」
睨みつける山吹のことなど気にも留めず、北庄司は歩いて行く。誰にも見えていないが、その表情は満足げな笑みを浮かべていた。
「馬鹿ばっかり。男なんてのは所詮自分のことを好きでいてくれる人が好きなのよ」
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