第2話「初外泊」

「日本は良くない国って言うけどさぁ、連休を繋げて置いてくれてるのありがたいし、結構良い国だよね」

「だな」


そこだけで良い国と判断するのはどうかと思うが、別に悪い国とも思わないため指摘するまでもないだろう。


「薄っぺらい返事しないでよーー、疲れたの?」

「ちょっとな」


GW2日目。お互いの予定が合ったため、2人で遊園地に来ていた。閉園より少し早く帰ったため、電車の席はまだ空いていて、運良く2人とも座ることができた。


「涼平って見かけに寄らず人混み嫌いだよね、この前の校外学習の時も山吹くんに連れられてげっそりしてたし」

「都会は人が多いからな、凛太郎が元気すぎて……」

「山吹くんは私から見てもちょっとおかしいよ、ちょっと尊敬する」


尊敬か。心の中で膨らみかけたよく分からない感情を、風船でも割るように、久遠は頬を人差し指で突く。


「今、尊敬って言ったからモヤっとしたでしょ?」

「……まぁ」

「あーあー、嫉妬深いんだぁ。そんなに私のこと好きなんだぁ」


からかうようにそう言うと、俺の肩へと身体を預ける。


「ふふっ、嬉しい」


彼女はそう言うと、顔を見上げてニッコリ笑う。その姿がたまらなく愛おしかった。電車で揺られながら1時間半、寝ては起きてを繰り返しながら彼女の最寄りの駅の直前まで来ていた。


「ねぇ、涼平。今からなんか用事ある?」

「いや?」

「じゃあさ、私の家来ない?」

「親御さんいるの?」

「うわ、変態」

「なにが?」

「実家だったら親いるからあんまりイチャイチャできないって思ったでしょ?」


そうか、そういうことか。自覚と共に羞恥が上り、顔が熱くなるのが分かる。


「え、無自覚? うわぁ、むっつり」

「……」

「ごめんって、そんなに怒ることじゃないじゃん。それはそうと、今日は私の家来てよ、これからきっと必要になるだろうし」

「……必要?」

「うん。私あんまり身体強くないし、梅雨は特に苦手で。だから、休んだ時にプリントとか持ってきてほしいんだよね」

「なるほど」

「そこでムッとしないあたり、涼平ったら良い彼氏だよね〜」


元々頼られれば素直に嬉しいと感じる性格であるため、いつも通りにしているだけだが、彼女の目には良い彼氏として写っているらしい。


「前の彼氏に持ってきてって言ったら、俺はパシリか!って凄い怒ってきちゃってさ。でも仕方ないじゃん、身体弱いんだから」

「……そうだな」


電車が止まる。慣性から来る身体の揺れがこの複雑な気持ちを払いさってくれるようだった。


「着いたよ、行こう!」

「ちょっと……!」


抵抗なのか分からないような意思から引き剥がすように、強引に俺の手を取り、久遠はホームに降りる。


「行くか行かないか聞いたとしても、涼平なら着いて来てくれるかなって」

「……よく分かってるな」

「だって、彼女だもん」


久遠は自然な仕草で腕を絡め、足を進める。一瞬自分がぼやけるような感覚がしたが、それはただただ感覚的なものだった。


「ここが私の家!」


想像以上に大きな家だった。久遠はこれみよがしに、大きいでしょーだとか、立派でしょーと自慢してくる。


「結構お嬢様だったんだな」

「意外?」

「いや、似合ってる」

「似合ってる、似合ってるかぁ。前の人にも言われたっけなぁ」


また先程の感覚が襲ってくる。今度は明確な不快感だった。


「入ろ、涼平」

「……お邪魔します」


広い玄関に久遠の脱いだ靴が1足。物音1つ立たないこの家にとても人が住んでるとは思えないような不気味な印象を受けた。


「親御さんはまだ帰ってきてない?」

「私はここに一人暮らし。お父さんとお母さんは小さい頃に死んじゃったからさ」

「……ごめん」


重苦しい沈黙が走る。こんなにも広い家なのに、空気が何処かに行ってしまったようだ。


「……私、可哀想?」

「……うん」

「じゃあ……抱きしめて」


腰に手を回し、その華奢な身体を抱きしめる。腕の中にいる彼女は冷たくて、折れそうで。トレードマークの赤髪も、誰かに見つけてもらうための目印のように見えた。


「離さないで。私を嫌いになるその日まで」


この時から、初めて久遠を抱いた時から、もう既に危うさの片鱗は見えていた。だが、俺にはそれすらも快楽の一端にしか見えていなかった。

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