きゅうりが降れば良いのにな
相模奏音/才羽司
第1話「春霞」
去年もお世話になりました。俺は相変わらず口下手だから毎年こうして手紙を渡してるわけで、この時だけ敬語になるのは未だに慣れてないからだと思います。結婚5年目、これを書いていると君と初めて会った日を思い出します。
◆
雨は好きだろうか。あまり好きという人はいないだろう。雨にはどこか不吉なイメージがあり、好きと言ってしまうとどこか不思議な感性の持ち主、オブラートを外すと変人に見える。だが、かと言って憎むこともない。大体の人は普通と答えるのが多いだろう。俺もどちらかというとそうだ。
雨森涼平。でかくて、社交性は低い。これだけ知って、クラスをぐるっと見回せば、3分の1ぐらいの確率で俺がどこにいるかはわかる。
「涼平って言うんだ、でっけぇなぁ。中学の頃なんの部活やってた? 待って、当てる」
そう言って、名前も知らない初対面の級友が頭を抱える。俺は黙ってそれをゆっくり眺めていた。側から見れば俺がどこか呆れて、嫌がっているように見えるのかもしれないが、社交性の薄い俺からするとこうして話しかけてくれるだけでもありがたい。
「分かった! バスケだ!」
「……バレー」
「そっちかぁぁぁ!」
彼は悔しそうに頭を掻きながら、見上げる。こんなにも大きな反応をするのは到底真似できないと思った。
「……まぁ、似たようなもんだ」
「だよな! 似たようなもんだよな! ニアピンだよな!」
彼は助け舟に飛び乗り、すっかり機嫌を良くして、微笑む。同じ入試を受け、合格してここにいるのだから、学力的には変わらない。馬鹿というより、単純なのだろう。
「え、じゃあさ、涼平は高校でもバレーすんの?」
「そのつもり」
「バレーかぁ、バレーか……うん、俺もやるわ」
「中学の頃バレーやってたり?」
「いや? 全然。でも、なんとかなるっしょ」
名前も知らない彼は初対面の俺に合わせるようにそう決め、楽観的な笑みを浮かべていた。
「ならないっての」
「お、志帆。お前もこの高校だったのか」
鋭い言葉を吐きながら、不意に現れた女子。地毛の範疇の茶髪を一つに括り、ポニーテールにしており、典型的な美人に見えるが、彼の知り合いだろうか。
「はじめまして、私は北庄司志帆。雨森くんだっけ? バレー部に興味あるの?」
「あぁ、そのつもり」
「そうなんだ。私バレー部のマネージャーしようと思っててさ、良かったら今日一緒に観にいこうよ」
懐に入るのが早いのは、美人の成せる技だろうか。特に断る理由もなく、首を縦に振る。
「え、俺も行きたいんだけど、着いて行って良い?」
「凛太郎も入るの? 今までサッカー部だったんだから、サッカー部入りなさいよ」
ようやく今まで対峙していた彼の名前を知る。凛太郎と言うのか。恐らく、この二人は地元が一緒なのだろう。
「良いだろ、もうサッカー飽きたんだよ。時代はバレー、バレーな気がする!」
「相変わらず馬鹿ね」
「馬鹿ってなんだよ! 同じ高校のくせに!」
「あんたがここに来るなら来なかったっての!」
騒ぐ二人を横目にクラスを眺める。「雨森」という名字のため、席はクラスの中で一番右の列の一番前、クラス全体を見るにはうってつけだ。今日が入学初日と言うこともあって、みんな思い思いに喋っているようだった。しばらく眺めていると、真ん中の方の席が一席空いていることに気づく。
「はい、席に着け! 山吹、お前こっちの席じゃないだろ、早く戻れ」
北庄司はしれっと隣の席に戻っており、男子改め山吹凛太郎は慌てて、奥の方にある自分の席に戻った。
「まずは、みなさん入学おめでとう。せっかくの入学式なのに、雨降ってるし、一人休んでるのは少し残念だな」
休んでるのか。そこからも担任の長い話が続いたが、よく覚えてない。
◇
「終わったぁぁぁ! バレー部行こう! バレー部!」
「うっさいわねぇ……もう少し落ち着けないの?」
「お前と3年間一緒にいることになるなら、サッカー部に行った方がましかもしれねぇなぁ。行こうぜ、雨森」
「はぁ!? こっちだって願い下げだっての!」
犬猿の仲の2人に挟まれ、俺は体育館に向かう。外に出ると、雨はすっかり止み、晴れ間が見えていた。
「あっ、そうだ。雨森、RINE教えてよ」
「え、私も欲しい」
「良いよ」
いつも通り、リュックサックのポケットを探るが、そこに携帯は無かった。教室に忘れてしまったようだ。
「ごめん、教室に忘れてきた。取ってくるから、先行っててくれ」
「ドジだなぁ、時間までには来いよー」
凛太郎は明るくそう言って、一足先に体育館に向かって行った。俺は教室に向かうが、鍵は開いておらず、職員室に鍵を取りに行くことにした。
「失礼しましたーー」
職員室に着くと、中から女子生徒が出てくる。それがただの女子だったら気にもしなかったが、その赤い髪が目を引いた。
「君、1年生だよね?」
入れ替わるように職員室に入ろうとしたところ、不意に彼女に問いかけられる。自分のことなのか不安になり、周りを見回すが、俺以外そこにはいなかった。
「君であってるよ。1年生?」
「うん、1年、です」
先輩かどうか分からないため、中途半端な丁寧語が出てしまう。だが、そんなことを一々気に留めることもなく、彼女は俺に近づいた。
「良かった! 私も1年生! 何組?」
「4組」
「一緒だ! 仲良くしよ! 私、
ざっと見回しただけだが、同じクラスにこんな髪色の子はいなかった。恐らく、休んでいた子が今来たのだろう。
「雨森」
「………その名前はやだな、下の名前は?」
その名前は嫌と言われるのはあまり経験がないが、下の名前で呼びたいということなのだろうか。
「涼平」
「りょうへい! 良い名前じゃん! え、『りょう』ってどんな漢字? 星稜高校の『稜』?」
「涼しいの『涼』」
「そっかそっか、涼平って呼ぶよ! それが良い!」
思春期男子にとって、初対面で下の名前呼び捨てで呼ばれるというのは存外恥ずかしさがあり、彼女にそう呼ばれるのも少し恥ずかしかったが、彼女の気迫に押され、了承する前に決定してしまった。
その後、連絡先を交換し、俺と星宮久遠はバレー部の体験に行った。星宮は明るく、先輩からもたくさん声をかけられていた。きっと、彼女もモテるのだろう。
「へぇーー、山吹くんに、北庄司ちゃんか。私は星宮久遠。星宮でも、久遠でも、呼び方はどっちでも良いよー」
星宮は俺の以外の人で名前が気に入らないということはなく、俺以外は普通に名字で呼んでいた。そのことは僅かに優越感を与えていた。
彼女はとても積極的で、明るい人だった。最初の怖い印象とは裏腹にとても素敵な人。帰ってからも電話で話し、学校でも休み時間によく話す仲になった。
「付き合おうよ、私たち」
こう言われるまで、そう遅くはなかった。夢のように幸せな空間に、笑えているか分からない笑顔で頷く。
「やったぁぁぁ!」
感情を爆発させ、軽い足取りで抱きつく久遠から甘い匂いが漂う。なんとも言えない感情が湧き、これが独占欲かと思わされた。
「よろしくね、涼平!」
4月下旬。入学して1番最初にできたクラス内カップルとして、俺達は知られることとなった。
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