緑零れる陰の中

 二人でソフトクリームを食みながら、ゆっくりと植物たちを見て回る。その間じゅうも君は花を写真に収め、そのたびに首をかしげている。


「うーん…やっぱりスマホじゃこのへんが限界なのかなあ。それとも私の撮り方が悪いのかなあ…」


 最近のスマホは本当に綺麗に撮れるようになったと聞くけれど、それでも、僕ですらあんまり綺麗に撮れてなくて、首をかしげることもある。


 君は凝り性なところがあるから余計にそうだろうけど、かといってこのまま君を夢中にさせておくと、どれだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。だから、他の植物も見ていこうと促してみる。


「んむむむ。なーんかうまくいかない…え。あー…たしかにそうですね。こんなところで意固地になっていてもですよね。行きましょう」


 そして二人で、また歩みだす。普段の生活では感じることのない、自然を全身に浴びながら。


「んー。何度来ても飽きませんねーここは。空気がとっても綺麗で、それが胸いっぱいに満ちていくのが、とても心地よくて。先輩も好きですよね」


 そう君はこちらに向き直り笑みかける。好きだよと答えると、君ははにかんで正面に向き戻る。


「しかし、どうしてこんなにも空気が美味しいのでしょうね。…常識と言えば常識なのですけれど、実はちゃんとは知らないなと思いまして」


 そのからくり、ちょっと知ってるかもしれない。僕は知っている限りのことを、訥々と話す。


「え。植物も呼吸してるんですか?それに加え、酸素を作り出しもしている…と。なんというか、植物様々ですね。私達人間が勝手に汚した空気を代わりに吸って、綺麗な空気を吐き出して。同時に私達が生きるために必要な酸素を、供給してくれてもいる…これはもう、足を向けて寝られませんね。…あれ?どっちを向いて寝れば良いのでしょう?植物って方々にいっぱいありますし…」


 …考え過ぎじゃないかなあ。君は自分の姉をさも残念美人のように語ったけれど、君も君で大概、大真面目にユーモラスな考え方をするよね。


「なんで笑ってるんですか、先輩!いやだって、足の裏を向けるのってなんだか、そのよりも上にいるような、足蹴にしてるような、ともすれば踏んづけてしまうような。意識しちゃうとなんだか落ち着かない気持ちになるじゃないですか。私達、植物さんたちに返しきれないほどの恩があるんですよ?粗雑に扱うわけにもいかないじゃないですか」


 でも相手はではないのだし、こだわっていると立って寝ることしか出来なくなるよ。


「…むう。結局、何かを切り捨てて、諦めなければならないのですね」


 ちょっと不満げではあったものの、一応納得してくれたっぽい。どうにも出来ないことでもどうにかしようとするのは君の美点とも言えるけど、過ぎたるは及ばざるが如し。やりすぎると、自分を壊すだけだよ。


 それでもなお頬を膨らませ続ける君が愛おしくて、その頬がしぼんでいくまで、垂れた頭の上でぽんぽんと掌を弾ませることにする。


「…先輩、闇雲に私を撫でるの…あの。嫌じゃないんですけど、とても恥ずかしいです。ってそうかって言いながら頭ぽんぽんし続けないでください。嫌ではないです。むしろすごく幸せでドキドキするんですけど、あの。ドキドキしすぎて、心に桜色が押し寄せてきて私、どうにかなっちゃいそうで。…いつまでぽんぽんしてるんですか先輩…」


 やがてきゅうと唸るように君は項垂れて、顔を埋めて隠してしまった。埋めた先は僕の胸元なんだけど、君は気にしないらしいから気にしないことにする。


 そのまま君は固まってしまい、道の真ん中で立ち尽くしてしまった。流石に邪魔になるので、僕はにわかに屈んで君の腿に腕を回し、立ち上がりながらひょいと五体を持ち上げる。


「あ、あの。先輩。めっちゃ、すごく恥ずかしいんですけど」


 とは言っても、君はこうでもしないと動けないだろう?そう問いかけると君は顔を真赤にしながら言葉にならないうめき声を紡ぎ出す。でも普段の君ならぺしぺし叩いて降ろさせようとするのに、今日の君は大人しく抱えられていた。君の息を頬に首筋に感じながら、なすままに抱えられる君と共に木陰まで歩いていく。


 地面に降ろしてやると、おもむろに君は翻り、両手で顔を覆いながら体ごとうつ伏せてしまった。そんな君の背中をぽんぽんと撫ぜてから、僕もその隣に仰向いて寝転ぶ。緑の隙間から零れ落ちる光を浴び、枝葉のさえずりを聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。


 やがて、隣に君の寄ってくる気配を感じる。微睡んでいる僕の額を、頭を、君は愛おしそうに撫ぜはじめた。


「こうして見ると、先輩って可愛いよなぁ。年上の人に可愛いって感想を持つのは、なんだか違う気もするけれど。でも、可愛いって感じが、一番しっくりくるんだよね。本当に気持ち良さそうに…先輩は今、どんな夢を見ているんだろう。もしかして、私にべたべたと襲われてたりして」


 夢現な心地のまま、君の言っている事も、頭の撫ぜる手の感触を噛み締めていく。でもそのうちに気恥ずかしくなって、君に気付かれないように寝返りを打って、君に背を向ける。すると君は背中にぴたとくっついてきて。普段の君より積極的な君に驚きつつも、寝たフリに努めることにする。


「本当はもっと、こうして触れ合っていたいのになぁ。でもドキドキしすぎて心が、心臓が暴れ出しちゃって、だんだんと逃げ出したくなっちゃって。だから、ちょっとずつ、ちょっとずつ慣れていかなくちゃ」


 そう言って君は僕の手に触れくる。僕はそれをはっしと掴んでみた。


「え?先輩?もしかして、起きてるんですか?」


 僕は何も答えずに、君の手を掴む力をゆるゆると緩めていく。普段の君とはこういうスキンシップはあまりしないのもあって、僕の心臓も高鳴っていく。背中越しに感じる君の胸に、届いていなければ良いのだけれど。


「…寝ぼけてるだけなのかな。やばい。逃げたいけど、このまま居たい。このまま、ずっと。…先輩の鼓動を感じる。なんだか凄く安心する…」


 やがて、僕らは意識を手放した。ひんやりとした空気と土の香りと、木々の隙間を縫う陽光に包まれて、とても温かな午睡を楽しんだ。

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