天色抜ける昼休み

 昼休みを告げる鐘が鳴り、僕は屋上へと向かう。君が弁当を作ってきてくれたと言うので、僕はとても楽しみに待っていた。


 屋上に至る階段の途中で、突然背中に重みを感じる。こんなことする人は一人しか思いつかないけど、その人はこういうスキンシップは得意ではなかったはず。案の定背中の重みは固まってしまって、僕も、その重みの主も階段の途中で動けなくなってしまった。


「あの。先輩。何も言わずに、振り向きもせずに。そのまままっすぐ、まっすぐにお願いします」


 うながされるまま押されるまま、僕らは階段を登っていく。屋上についた僕らは適当な場所に腰をおろしてから、二人でぼうっと空を見上げた。


「きれいな天色…いつもよりちょっと薄いかもしれないなあ。雨でも降るのかな」


 なんて一人ごちた彼女に、どう違うのか聞いてみる。


「うーん…なんだろ。ここ数日、ゼニスブルーっぽいというか紺碧っぽいというか、藍が強かったじゃないですか。でも今日はちょっと灰色ぽいような、薄靄がかかったような天色で、地平線にかけて更に更に薄くなっていって…重苦しくないので、今日の空のほうが好きなんですけれど」


 肩を寄せながら空を指差し、彼女は独り言ちるように空を語る。僕にはそうは見えなくて、いつもの空と同じように見えるのが、どことなく寂しい。そんなことを思っていたとき、君が不意にこちらを向く。頬や首筋に君の呼気を感じて、どぎまぎとしてしまう。


「先輩にも、私の色覚を半分こして分けられたら良いのに。そしたら、同じ景色を同じ色に見られるのになあ」


 囁き声が、首筋を駆け抜け耳元をくすぐる。君が見る色の話を聞くのが好きだから、今のままで良いよと言ってみると。


「…先輩は分かってないです」


 口を尖らせた君に怒られてしまった。


 しばらく二人で空をながめていたら、僕のお腹が鳴ってきて。


「あ、すっかり忘れてましたね。サンドイッチ作ってきたので食べましょう」


 そう言って君は少し離れてランチボックスを開ける。中にはレタスにトマト、たまごに胡椒、生クリームにオレンジなどなど、いくつもの種類のサンドイッチが詰め込まれていた。とてもカラフルで鮮やかなあたりが、とても君らしい。


「あはは…やっぱ多かったですかね。この色はほしいーこれは先輩に食べてもらいたいーって考えてたら、こんな量になっちゃいました」


 と君は言うけど、僕の目にはそこまで多いようには見えない。そんなことないよと言いながら、ひとつ手に取って、いただきます。


「はい、いただきます」


 二人で一緒に、サンドイッチを頬張りだす。


「美味しいです?うん、よかった。サンドイッチなので、失敗のしようもないですけど…」


 はにかみながら、彼女は下を向く。ちょうどいい位置に頭が降りてきたので、とりあえず撫ぜてみる。


「あんまり撫でないでください。心の内に、パステルピンクとライムライトが溢れてきて、私、ぐちゃぐちゃになっちゃいます」


 そう言う君は、耳まで真っ赤に染めていて。愛おしさ余って頭を抱き寄せたら、背中にぺしっとビンタが入った。


「うう…先輩。私をからかって遊んでいませんか?そうでもない?嘘つき。ばか」


 からかっているわけではないんだけど、何を言っても説得力が出せなくて。二人でしばらく無言のまま、サンドイッチをひたすら頬張った。


 不意に、甘渋く、ぐにゅっとした食感が口の中に広がる。そのあまりにいけ好かない味と食感に、酷く怯んでむせ返ってしまう。


「わわ、どうしたんですか先輩。はい、お茶です」


 君から水筒を受け取って、ごくごくと胃の底へ押しやる。ほのかにマスカットに似た香りがして、それにも少し驚いた。


「レーズンですか?苦手なんですか?すみません、それは私、知らなくて。私が好きなので混ぜていたのですが…それは私が頂きますので。こちらをどうぞ」


 そう言って彼女はフルーツサンドをひったくると、他のサンドイッチを手渡してくれた。僕の歯型のついたクリームサンドを頬張ろうとして、また君は固まってしまった。


「あー、わー…これ、先輩の。ということは…ということは…」


 なんてしばらくうわ言を言っていたけど、と言わんばかりに一気に頬張って、やっぱりむせ返ったところに、水筒を渡してあげる。ちょうど、君が僕にしてくれたように。


「ありがとうございます、先輩。二度もしちゃった…」


 そう言う君は相変わらず、うつ伏せた顔を前髪に隠して。でも真っ赤に染まった耳まで隠れるわけはなくて、そこから君の表情が易く読み解けるようだった。


 サンドイッチがなくなって、予鈴が鳴るのもまだ先で。お腹が一杯に膨れたら、一緒に眠気もやってきた。あくびを一つかいた僕をみて、君は愛らしくほほえみかける。


「ふふ。先輩、眠くなっちゃいましたか?…あの。もしよければ、なんですけど…」


 と言った割に、君は踏ん切りをつけられなくて。意地の悪い気持ちが勝ってしまい。あえて続きを促してみる。


「あわわ。私の肩…に。頭、預けてもらって、いいです…よ?」


 言い終わるのを待ってから、じゃあと言わんばかりに頭の重みを君に預ける。ほのかに華やかな香りがして、とても心地が良い。そして眠気と幸福感に包まれて、僕の意識は急速に奪われていく。


「あの、先輩。知ってましたか。空を彩る青の中には、紫の光が隠れてるんです。私にもあんまり見えませんけど。けどそれは確かにそこにあるから、時折ひょこり現れて、空の色を濃く映らせるそうです。…私にもあるんですよ、そういう色。ちょっと恥ずかしいけれど、先輩には見つけて、見ていてほしいんです」


 彼女の体温を耳に側頭に感じながら、君の内に隠れた、綺麗な綺麗な色を思い浮かべた。その色になんて名前をつけようかと逡巡しながら、僕は意識を手放した。


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