第5話 イチローの恋
今日もリビングでは、2羽のインコの鳴き声が賑やかに聞こえる。
人から見れば、元気にさえずるインコの鳴き声は微笑ましく楽しそうに聞こえるが、当のインコ達の会話は、案外飼い主の下世話な話しをしていたりするのだ。
《おい、アオ、イチローが気持ち悪いんだよ。携帯の画面を見ながら、何かブツブツ言ってんだ。それでたまに、あゆたん、あゆたん、チュッ、画面にキスしてんだぜ。オエッ!》
《レモン、えずかないでよ。僕まで気持ち悪くなっちゃう》
《いいよな、お前はアヤのところが多いもんな。俺はなぜかイチローの部屋に連れて行かれ、ずっとわけわからん音楽を聞かされるんだ。んで、あゆたん可愛いとか言いながら
、携帯を眺めてるんだぜ。この前なんて、俺にチュッしようとしたんだ。さすがに顔をそむけたよ》
《えー、キモッ》
《部屋も全体的に黒いし、やっぱりアヤの部屋の方が明るくていいや》
《そうだね、アヤの部屋はいい匂いもするし、白くて明るいもんね》
まったりとレモンとアオのお喋りが続く。
その時、学校から帰って来たイチローがインコ達に寄って来た。
おもむろにケージの蓋が開けられ、あっと言う間にレモンはイチローの手の中に。
《アオー!!!》
《レモンー!!!》
「コラッ、ギャーギャー鳴くんじゃないの。今生の別れみたいじゃんか。レモンにはこれから勉強させるんだから、アオはそこにいろ。」
レモンを胸に軽く押しつけるように待つと、2階へと消えて行った。
『イチロー、イチロー、ギャッギャーギャー!』
レモンが必死に抵抗しているのか、声がだんだん遠ざかって行く。
《レモンー!達者でねー!》
『ギャーァーァー』
悲鳴だけが尾を引くのであった。
イチローの部屋で放たれると、直ぐにカーテンレールへと逃げる。
羽根を開きハァハァハァ、荒い息を整えるのだ。
「レモン、お前、大袈裟だなぁ。いつものことだろう?それより、お前、あゆたんを覚えたんだな。すげーぜ。」
『あゆたん、チュッチュッ。スキー、あゆたん、ヂュー』
これでもかとエイスケが怒られた言葉を連発すると、なぜかイチローは満足気にニタニタしている。
(マジで気持ち悪い)
吐き戻しそうになるのをグッと我慢して、イチローを見ないようにしてると、イチローがおもむろに携帯の画面を見せてきた。
「ほらっ、可愛いだろう?これがおれのあゆたんだ。お前には分からんかもしれんけど、俺の女神。」
威張って俺に画面を見せると、気持ち悪い笑顔を見せた。
『オエッ、オエッ』
「レモン、お前、惚れたのか?あゆたんにはお前の吐き戻したエサはやれんぞ。」
(バカなのか?バカなの?気持ち悪いんだよイチローが!)
仕方なく携帯の画面を見ると、
『イチロー、あゆたん?』
イチローは満面の笑顔で、俺に頷いている。
そこに写っていたのは、、、ナニコレ?
画面の中、笑顔で手を振っているのは、人?じゃない?とても鮮やかな衣装を着てクネクネした絵?かな?
「凄いだろう、俺がゲームで育てたあゆたん!めっちゃ可愛いだろ?もう、俺の育て方の素晴らしいこと!俺の理想だよ。課金して頑張った、俺。」
(ヤベェ、人間じゃないじゃん)
『ギャギャ、ギャー』
思わず、発狂してしまった。
「レモン、なに興奮してんだ。キモいなぁ。」
その一言に固まるレモン。
(変態にキモいって言われた。立ち直れん)
そして、いつの間にか捕まえられたレモンの前には、イチローの顔が。
「レモン、よく聞け。これは、お前の使命だ。あゆたんが言えるようになったのなら、今度は、可愛い、を覚えるんだ。あゆたん、可愛い。分かったか?」
(分かんねぇ)
「何だか、とボケた顔してんなぁ。いいか、このあゆたんは俺が育てた。だけど、実際は本物がいる。河合愛由美って言って、これがめっちゃ可愛いんだ。いいか、あゆたん、可愛い、だぞ。今度動画を撮って見せるんだ。そしたら、俺の家に遊びに来てくれるかもしんないだろ。とにかくレモン、言えるまで毎日俺の部屋に拉致るからな。」
(おぞましい奴)
「インコが喋るんなら可愛いいし、俺が作ったキャラをお前に教えただけなんだから、気持ち悪くないだろ?あー、俺の部屋にあゆたんがいると想像するだけで、鼻血でそ。」
『イチロー、ヤベェ』
ジロリと睨まれるも、仕方ない。
気持ち悪い奴め。
「とにかく、練習な。レモン、俺のキューピットになれ。」
(いや、俺、インコだし)
恋は盲目。
それから、しばらくイチローの部屋で過ごさなければならないレモンは、喋るべきなのか、気持ち悪いイチローの魔の手からあゆたんを守るべく喋らないべきなのか、悩む日々。
アオに言うと、
《げっ、馬鹿なの?キャラとかあゆたんって喋らすとか、自爆じゃん。イチロー、彼女出来ないね》
すげなく辛辣なことを言われた。
だよねー、今日も井上家は平和だ。
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