第4話 のんびり母さん

 母さんの美智子は専業主婦だ。

 一度、パートに出たこともあったが、3日も経たずに辞めてほしいと懇願された。

 本人曰わく、自分の何が良くなかったのかさっぱり分からないと言っているが、家族は何となく理解した。

 とにかくおっとりとしていて、急ぐということを知らない。

 よって物心ついた時には、自分たちで何とかせねばと、家族は自主的に動くようにしている。

 だが、美智子の凄いところは、憎まれないというところだ。

 パートに出ていたスーパーには、今でも普通に買い物に行き、辞めてくれと懇願された店長とも仲良しである。


 《ミチコは今日も俺たちのこと、忘れてるよな》

 《うん、そろそろご飯くれないと、カスばっかりだよ》

 《あー、今日はエイスケは仕事、イチローとアヤは学校、仕方ない、呼ぶしかないな》


 『ミチコ、ミチコ』


 可愛く喋ってみた。

 けど、ちっとも来ない。

 リビングでまったりとテレビを見ている美智子は、テレビの声が邪魔するのか、昼ドラマに夢中で気付かないのか、どちらにせよインコたちの方を向かない。


 《なんで目の前にいるのに気付かないのかなぁ。レモン、もっと大きな声で話しなよ。全然、来ないじゃん》

 《俺が悪いんじゃない、ミチコが鈍いんだ。俺たちはここの住人だぞ。普通気にするだろう》

 《あーもう、お腹空いたよ》

 《仕方ない、奥の手を使うぞ。お前も手伝え》


 「ガチャ、ガチャガチャ!コンコンコン!」


 レモンがエサ箱のところの扉を上下にガシャガシャする。

 そしてアオは、水入れの箱にクチバシでコツコツ叩くのだ。


 《ハァハァハァ。おいおい、普通気づくだろ!なんでこんなに必死にならないとご飯がもらえないんだ》

 《えーん、ミチコ、疲れたよ。コッチ向いてよ。お腹空いたよー》


 2羽でガシャガシャ、コンコンするも、母さんの目はテレビに向いたまま。

 よく見れば、目がウルウルしている。

 これはよほどドラマにのめり込んでいる証拠だ。


 《昼ドラマに感動ものとかあるのか?おい、こらっ、ミチコ、こっちがさっきから鳴いてんだ》

 《あぁ、目の前に生き別れたママが見えるよ。レモン、僕は先に虹の橋を渡るからね》

 《バカ、一回ご飯をぬいたくらいで死ねるわけないだろ。いいから、鳴け、わめけ、叩け!》


 その時、ケージの前が真っ黒になった。

 あぁ、とうとうお迎えが来たのか。

 そう思っていたら、鼻をクンクンさせ、なぜかこっちに向かってくしゃみをした奴がいる。


 《おら、ボケ犬、汚いだろが、こっちはな忙しいんだよ》

 《何なんだよ。とうとうこの世の終わりかと思っちゃったじゃん!邪魔だよ、どいてよ!》


 トイプードルのクロは、インコ達を見るも、気にする様子もなく、エサ箱の扉を鼻に引っ掛けて持ち上げ、中のエサ箱を口にくわえて出したのである。


 《あー、なんてことするの?僕たちのご飯だよー。それに入れてもらうんだから、もってかないでよ》

 《クロ、どうせなら真ん中の扉を開けろ。コラッ、聞いてるか?エサ箱どうすんだよ!》


 レモンとアオがギャーギャー言うも、クロは気にせず、そのエサ箱を美智子の座っているソファに持って行ったのだ。

 「クゥーン、クゥーン。」

 クロが甘えた鳴き声をする。

 さすがの美智子も側にいるクロに気が付いた。

 「あら、クロどうしたの?母さん、この俳優さんが好きでね。なのに、殺されちゃうの、信じられないわよね。んっ、何持ってるの?あら、それインコのエサ入れね。クロ、持って来ちゃったの?あれあれ、これカスばかりじゃない。お利口、クロ。」

 そう言って、クロの体を抱きしめている。


 《おい、ミチコ!気づいたんなら、まずご飯持ってこいやー!》

 《そうだよ、クロの体触ってる間に持って来れるじゃん。あーもう、勘弁してよ》


 「ガチャガチャガチャ!」

 「コンコンコン、コンコンコン!」


 鳴り響く雑音。

 「レモン、アオ、分かったからやめなさい。仕方ないわね、録画ボタン押すまで待ちなさいよ。クロにもオヤツあげるからこっちにおいで。」


 そう言って、台所にやっと移動したのだ。

 後に残されたインコ達の脱力感。

 クチバシは痛いし、息は荒いし、暑くて堪らない。

 そんなレモンとアオをじっと見つめるクロ。


 《ハァハァハァ、礼は言わない。なぜならお前もオヤツを貰えるからな。それより、ちょっとこっちに来てそのちゃちい尻尾を振ってくれ。暑くて堪らん》

 《レモン、ダメージが大きいよ。僕のクチバシ取れてないよね。ちゃんとついてるよね》

 《ハァハァハァ、大丈夫だ、ついてる。あぁ、疲れた》


 「はい、ご飯持って来たわよ。あら、何か元気ないわね。ご飯、減らそうかしら?」


 その言葉に、レモンとアオは身震いした。

 美智子のせいだぞ!

 言いたい言葉を飲み込み、疲れた体で止まり木を左右に高速移動した。

 「良かった、元気そうね。ほら、たくさんお食べ。」

 エサ箱をケージに戻すと、クロと一緒に台所に戻るミチコ。

 残されたインコ2羽は、放心状態。

 あれだけ欲しかったご飯が、すぐには食べられなかったのである。


 今日も平和な一日で良かった。

 

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