第14話

 ドックン……と、ひときわ大きく鼓動が鳴る。

 動揺が収まらないアリスの顔を、眠りネズミが覗き込む。


「……分かった?」


 眠りネズミのその言葉と同時に、アリスの脳裏のうりにイカレ帽子屋の言葉が流れ込んできた。

『お前はこの森の中央を目指せ。このくそ猫は、あそこへは行けない』

 そして眠りネズミは言った。

『白ウサギはたぶん、この戦いの原因を知っている』

 眠りネズミが嫌いなもの。

 それが、この戦いを起こした……この国をおかしくした原因なのだとしたら…ーー。


「あーーーーっ!!」


 急に後ろから叫ばれて、アリスはビクッとして飛び上がる。

 その声の主は、そのまま眠りネズミを後ろに突き飛ばした。

 尻餅をついた眠りネズミの顔から眼鏡が落ちる。


「いたたタ~」

「さ、三月ウサギ!?」


 眠りネズミを突き飛ばした三月ウサギは、もー、と呆れた顔で眠りネズミを見下ろす。


「眼鏡かけちゃダメだってあれほど言ったのにー」


 三月ウサギはくるっと向きを変えてアリスを見上げる。


「大丈夫?眠りネズミに何かされた?」

「へ?えぇっとー……」

「アリスも気を付けてね。眠りネズミは眼鏡をかけると、急に女ったらしになるんだから!」


 アリスは自分の手を見る。

 思い当たる節はあるが、それは言わないでおこう。


「そ、それより、2人とも作業は終わったの?」


 アリスが話題を変えたので、三月ウサギもそれ以上追及せずに一つ頷く。


「うん。眠りネズミは武器開発の天才だから、どの武器にしようかいつも迷うんだけど、やっぱりこれが一番!」


 そう言って胸元に隠し持っていた銃をちらりと見せる。

 眠りネズミは先程倒れた箇所が痛むのか、座ったまま腰を叩いていた。

 その後、2階から降りてきた白ウサギによって立たされる。


「……そろそろ行くぞ。眠りネズミも一緒に来てもらう」

「もちろん良いヨ~。僕、この子気に入っタしね~」


 人間嫌いの眠りネズミがアリスを気に入った事に嬉しさを覚えた三月ウサギは、眠りネズミの肩をバシバシと叩く。


「あはは~それは良かっ……」


 ーー刹那、3人の目付きが変わった。辺りに緊張が走る。


「ーーーー三月ウサギ。眼鏡とって」


 眠りネズミの申し出に、今度は拒否する事なく三月ウサギは眼鏡を眠りネズミに渡した。


「……ハートの女王かな?」


 三月ウサギがぽつりと呟く。

 その言葉に、白ウサギは眉を寄せた。


「いや、違う……」

「たぶん公爵夫人こうしゃくふじんだよ~。あの人は、アリスに対しての敵意の塊みたいな人だしね」

「……公爵夫人」


 アリスは初めて聞く名前に困惑した。

 白ウサギ達の反応からして味方ではないと予想出来るが、自分は公爵夫人には一度も会った事がない。

 この国に来て、あからさまな敵意を向けられたのは初めての事だった。


「囲まれてるみたいだね。……どうする?」


 三月ウサギは白ウサギに配目する。

 しばら逡巡しゅんじゅんしている白ウサギだったが、スッとアリスに視線を移す。


「……アリス、お前は俺と森の更に奥へ向かう。三月ウサギと眠りネズミには、ここで奴等の足止めを頼みたい」


 白ウサギからの頼みに、三月ウサギと眠りネズミはにこりと笑って頷いた。


「了解」

「やっと僕の発明の威力を試す時が来たようだね~」


 眠りネズミが嬉しそうに屋根裏部屋に向かった。

 そこは先程立ち入り禁止と言っていた部屋だ。

 一体何をするつもりだろうか。

 アリスの不安をよそに、眠りネズミは一つの包みを持って戻ってきた。

 アリスは現実世界であれを見た事があった。


「それって、大砲?」


 アリスの言葉に応えるように、眠りネズミはニヤリと笑った。


「僕の最高傑作さっ」


 そんな様子の眠りネズミを横目で見ながら、白ウサギは三月ウサギに向き直る。


「……頼んだぞ」

「任せてよ!僕らが彼等かれらの注意を引くから、その間に白ウサギとアリスは『鍵』を見つけて」


 白ウサギは頷く。

 それを合図にも眠りネズミは大砲に砲丸ほうがんをセットする。


「よし!いっちょ、ぶっ放してやるか!!」


 導火線に火をつけ、その銃口を入り口付近に向ける。

 そして、大砲に備え付けられたレバーを思いっ切り引いた。


「いっっけぇーーーーっ!!」


 勢いよく飛び出した砲丸は暫く空中を飛ぶと、凄まじい音を立てて大爆発する。

 囲んでいた敵の一部が一瞬で消滅した。

 隣でその様子を見ていた三月ウサギは、なかば呆れたような表情になる。

 そして、眠りネズミに聞こえない程度の声量でぽそっと呟いた。



「……やっぱり僕、君のこと苦手かも…」

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