第12話

 翌日。

 太陽の強い日差しが不思議の国を照らす中、3人は死の森の中央部の川辺に立っていた。

 アリスの顔が引きつる。


「…………それ、本気で言ってるの?」

「………………」


 それはほんの数分前のこと。

 その川は横幅十メートルになるかという、とても大きな川なのだが、白ウサギはそれを飛び越えて渡ると言い出した。

 三月ウサギも当然そのつもりだったらしく、準備運動を始めている。

 そのため、アリスが三月ウサギに助けを求めても、笑って受け流されて終わってしまった。


「ごめんねアリス。でも、これが一番の近道だから」

「そんな事言われても……うわっ!」


 アリスに有無を言わせず、白ウサギはアリスをかつぎ上げた。


「うるさい、……飛ぶぞ」

「ひっ……!」


 アリスは白ウサギの腕をぎゅっと掴んだ。それを見た白ウサギと三月ウサギは、足で思いっ切り地面を蹴る。


「……きゃぁぁああ!」


 アリスは瞳に涙を浮かべながら悲鳴を上げた。

 3人は見事に宙を飛ぶ。


「ーーーーっ!!」


 アリスが恐怖のあまり目をつむる中、ストン……と、白ウサギは静かに着地した。

 実際、滞空時間はそれほど長くなかったが、アリスにとっては実際の何倍にも長く感じた。


「……こっちだ」


 白ウサギはアリスを降ろすと、中央の右側を川辺に沿って歩き始める。

 何事もなく、平然と歩き始める2人に、アリスはもはや何も言えなかった。黙って後に続く。




 しばらく歩いたところで、木も何もない途方もなく広い空間に、一件の家がぽつんと建っているのが見えた。

 以前、白ウサギが言っていた事と照らし合わせると、ここがおそらく、白ウサギの知り合いの家なのだろうと推測出来た。

 一見いっけんすると場違いのように感じるこの家からは、何か不思議な雰囲気がただよっている。

 まるで、ここだけ時間の流れが違っているみたいだーー。

 アリスは吸い寄せられるようにその家へ足を踏み出した。


「待て」


 白ウサギがアリスを止める。アリスは不思議そうに白ウサギを振り返った。


「何?」

「……下がってろ。俺が開ける」


 アリスは言われた通り後ろに下がる。

 何でも、ここに住んでいる者は変わり者で有名で、その上人間がたいそう嫌いらしい。

 認めた者しか家の中へは招き入れないため、家の場所を知っている者は不思議の国住人でもほとんどいない。

 ……チリン、と白ウサギが呼びりんを鳴らして何かを呟く。その言葉はアリスからの距離では聞き取れないほど小さなものだった。

 しばらくして、家の中から足音が聞こえてくる。

 ガチャっと扉が開くと、中から一人の青年が顔を出した。


「白ウサギ、久しブり~。急にどうしタの~?」

「お前に頼みたい事があって来た」

「頼ミ?」


 青年はぐるりと辺りを見渡す。

 その視線がアリスと合致するのと同時に、アリスは金縛りにあったかのように動けなくなった。

 それに対して青年は、面白いオモチャを見つけた子供のように、たのしげな表情を浮かべる。


「ヒャー。君、アリスだネ~……待ってタよ~」


 その青年の口調はテンションが高いのか、イカれているのか、微妙にビブラートがかかったように揺れる。目元は「十」の字が2つ並んだようなくるった瞳をしていた。

 綺麗なエメラルドグリーンの髪だけが妙に浮いて見える。


「さっ、入って入っテ~」

「お、お邪魔します」


 アリスは、この妙な雰囲気に戸惑いつつ、家の中へ足を踏み入れた。



「……で?頼みってナンダイ?」


 1階のリビングにある木のテーブルを囲んで四人が腰を下ろす。テーブルの上には紅茶が置かれ、その紅茶らしからぬ味に3人が苦虫にがむしを噛み潰した顔になる中、青年が声を発した。

 白ウサギはカップを置いて顔を上げる。


「武器の補給を頼みたい」

「あぁ~2階にアルからご自由に~。でも、屋根裏部屋の機械には触れナいでネ~」

「分かった」

「ありがとう、眠りネズミ」


 白ウサギと三月ウサギが2階へ上がって行くと、部屋にはアリスと眠りネズミだけが残された。


「………………」


 アリスは緊張気味だが、眠りネズミのほうは呑気のんきに鼻唄まで歌っている。


「ーーーー……」


 不意に、その目が動いた。

 正確には、動いたかどうかは定かではないが、視線がこちらを向いた。


「…………それ、」


 眠りネズミが視線を向けているほうを見ると、白ウサギから貰った弓矢が目に映る。

 アリスはそれを手に取って眠りネズミに示した。


「これ?」


 眠りネズミは頷く。

 そして再び鼻唄を歌いながら、部屋をあとにする。

 次に戻って来た時には、手に白ウサギのものとは違う弓矢を持っていた。


「その弓は威力はアルけど、距離がびナいんだ~。戦闘するなら、断然こっちが良いヨ」


 アリスはその弓矢を受け取る。


「あ、ありがとう」

「どうタしましテ~。キミは白ウサギの恩人だから特別ダよ」

「……どういうこと?」


 この不思議の国に来てから、白ウサギに助けてもらっているのは自分のほうだ。

 なのになぜ、自分が白ウサギの『恩人』なのか。

 眠りネズミはニコッと笑う。


「君が来る少し前に、白ウサギから聞いたんダヨ。白ウサギを助けタ、アリスのことをーー」

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