第11話
「ーー大丈夫だ。あいつは死ねない」
「え……」
アリスは白ウサギの言葉に疑問を持った。
『死な』ないではなく『死ね』ない……?
「どういう……こと…………?」
白ウサギはアリスの方を向いた。その瞳にアリスが映る。
「帽子屋だけじゃない。この不思議の国の住人は全て……死んでもまた、
「!!」
不思議の国の住人は、その
名前や見た目はそのままに、ただそれまでの全ての記憶を失って産まれてくる。
「……この国の住人は、ほとんど皆、一度死んでいる」
アリスは目を見開く。
白ウサギは続けた。
「ハートの女王も、ジャックも……そして三月ウサギも。皆アリスを
白ウサギは確かにこっちを見ているのに、その瞳はどこか遠くを見ているようにも思えた。
「ーーーーーー」
きっと、白ウサギは産まれてから今まで、一度も死んだ事が無いのだろう。
……仲間の死を、一番近くで見てきたんだ。
そう思うと、アリスは何も言えなくなった。
「………………」
そんなアリスを見て、白ウサギはアリスの頭にぽん、と手を乗せる。
アリスは驚いた瞳で白ウサギを見上げた。だが既に白ウサギは後ろを向いていてその顔を見ることは出来なかった。
「……行くぞ」
アリスはきゅっと自分の拳を軽く握った。
「……うん」
* * *
しばらく歩くと、急に視界が明るくなった。
森の中央に出たのだ。
森は大きな川を
中央部は川があるのみで、木は1つも無かった。
「……すごい」
アリスは
白ウサギはアリスを横目に見る。
「今日はここで休む。明日になったら、この川の向こう側に俺の知り合いが居るからそいつに会う。良いな?」
「分かったわ」
アリスは素直に頷く。
急に闇の森から出たから明るく見えたけれど、今は夜らしい。
満月がこちらを照らしていた。
「……ス、アリス!白ウサギ!」
声のした方を向くと、三月ウサギがこちらに手を振っていた。
「三月ウサギ!!」
アリスは喜びを
とりあえず、皆無事でまた会えたんだ。
「今、料理を用意してた所なんだよ。とは言っても、川で取れた魚を焼いただけなんだけどね」
三月ウサギは恥ずかしがりながら話す。その後、白ウサギと協力して簡単なスープを作った。
「やっぱり、白ウサギの料理は最高っ!!」
三月ウサギが嬉しそうに語るので、アリスもつられて微笑んだ。
よくと見れば、三月ウサギも所々に
おそらく、三月ウサギも皆で集まれた事が嬉しいのだろう。
白ウサギもそんな彼の様子を黙って見ていた。
「はー、美味しかった」
3人は食事を済ませると、寝床の準備をした。
白ウサギはそんなものは必要ない、と木の幹に寄りかかって瞳を閉じる。
アリスと三月ウサギは、
焚き火の火がぱちぱちと音を立てる。
「……この国の住人の事、白ウサギから聞いた?」
「……ちょっとね」
殺されても生き返る。それがこの国の住人。
「僕もね、一度死んでるんだ。……白ウサギの目の前で」
それは生き返ってから聞いた話。自分の名前以外、全てを忘れた三月ウサギに、白ウサギは黙って手を差し出した。
目の前の相手が誰かも覚えていない。でも、三月ウサギはその手を掴んだ瞬間、妙に安心感を覚えた。
見た目は同じでも中身は全く違う人格なのに、それでも白ウサギは三月ウサギの側に居た。
「僕は、嬉しかったんだよ。だから、僕はもう死なないって決めたんだ。白ウサギの側にいるって」
「………………」
白ウサギが三月ウサギを大切にしている理由が分かった気がする。
消えて欲しくないからだ。
二度と、目の前で。
「ねぇ、アリス」
「?」
「この前、街で店を出していた住人達を見たでしょ?」
「…………うん」
「じゃあ、住人達はなぜ、この殺し合いに加わらないか、分かる?」
三月ウサギの意としている所が分からず、アリスは首を横に振る。
彼は飛び散る火の
「それはね、彼らが元々……不思議の国の住人ではないからさ」
「えっ……」
不思議の国と同時に産まれたのが『鍵』。その後に白ウサギ、チャシャ猫、ハートの女王……。
皆最初は、あのハートの女王の薔薇園から産まれてくる。
だが、街に住む人々は全て、『鍵』が外の世界から連れてきた住人だという。
「あの人達は、殺されたら死んでしまう」
不思議の住人のように、生き返る事はない。
「……アリスも、そんな中の一人だったんだ」
ただひたすらに純粋で、不思議の国が大好きな普通の少女で……。
……ーーーーそれなのに。
「………………っ」
三月ウサギは、自分の膝に顔を埋めた。
「……っなんで、こんなことになっちゃったのかなぁ?」
アリスは、言葉をかける事が出来なかった。
この国の住人は皆、苦しんでいる。戸惑い、恐怖、自分の無力さ。
色々なものに支配され、それでも戦わなければならない毎日に嫌気が差して。
でも、決して止める事が出来ない苦しみを、ずっと抱えて生きているんだ。
……何も言えないアリスの表情を読み取ってか、三月ウサギは顔を上げて無理に微笑んだ。
「大丈夫だよ、アリス。僕らは、君と共に戦っている事を後悔してないから」
「……三月ウサギ」
「僕、知ってるんだ。白ウサギは、君を信じてる。だから、僕も君を信じる。君は、この国を変えてくれる」
三月ウサギはにっこりと笑った。
「だから、アリスも僕らを信じて」
三月ウサギの言葉に、アリスは震える声で応じた。
「……うん」
* * *
2人が寝息を立て始めた頃、白ウサギは瞳をすうっと開く。
焚き火はすっかり
空を見上げると、満天の星々がきらきらと輝く。
「……信じる……か」
ーーーーねぇ、白ウサギ。
瞳を閉じれば、あの時の情景が浮かんでくる。
『……僕、もう疲れちゃった』
いつもとは明らかに違う声音。
……あの時、お前の苦しみに耳を
あいつの心の中の叫びに、ずっと前から気付いていた。
自由になりたいと、ずっと目が訴えていたのに。
あいつの気持ちを理解出来たのはきっと、自分だけだから。
目を背けたのは自分だ。
これは、自分が招いた結果だから。
だから、もう……終わりにしよう。
ーーーーなぁ……、『ーーー』。
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