第20話 誘い

 静まり返った室内。元帥と名乗った男も何を言われたのか理解できず、笑顔の表情のままで固まっている。


「も、申し訳ございません!う、うちの生徒が無礼を働いてしまい!」

「そ、そうよ!竜司君!あなた何やってるの⁉今すぐ謝って!」


 一番最初に我に返った校長が、青ざめた顔で謝罪する。レーヴェも慌てて竜司に謝罪するように言う。当然の反応である。元帥とは国軍のトップであり、軍の中で最も強いものに与えられるものなのだ。その国に住まうならば自国の元帥の名など知ってて当たりまえのこと。傍から見れば竜司の質問は無礼をとり越してケンカを売っているようなものである。


「いや、謝るのは別にいいよ。それよりもほんとに知らないの?僕の名前」

「ええ全く」


 彼は軍のトップなだけあって人を見る目もある。竜司の顔に嘘はないと分かったのだろう。落ち込んだ様子でうつむいた。


「そっかあ。知らないかぁ。僕の名前。そりゃ、お願い聞くよって言っても誰こいつってなるよねえ」

「閣下。通常はありないかと。この少年が特殊なだけでしょう」

「それでもだよ。知らないって言われるの案外つらいもんだね。はあ、こうしてても仕方ない。じゃあ改めて、日本国軍元帥鬼島司おにじまつかさだ。よろしくね」

「ええと、真島竜司です。よろしくお願いします」


 元帥改め鬼島と竜司は簡単な自己紹介を交わした。優しげな表情からは先ほどのプレッシャーかけらも感じ取れない。


「ああ、それとお願いに関しては、名前じゃないちゃんとしたやつ聞くから言ってごらんよ」

「そう言われても急には出てきませんね」

「それもそうか。うーん。じゃあこれ、僕の連絡先。渡しとくから決まったら連絡してよ」

「え、いや、これいいんですか?」


 軽い調子で自分の連絡先を紙に書き、竜司とレーヴェに渡してくる。さすがにこれはどうなんだと竜司は確認するが、本人は笑って大丈夫だというだけで、周りも止めようとしない。


「言って止まるならそうしていますので」


 ただ、女の軍人のこの一言で大体を察した。この元帥はいつもこんな調子なのだろう。


「ああ、そうだ。最後に一つ忘れるところだった。これはそこのエルフのお嬢さんを呼んだことに関係があるんだけど―――君たち軍に入らない?」

「はい?」

「へ?」


 唐突な勧誘に竜司もレーヴェも理解が追い付かない。だが、これに関しては元から予定にあったのか二人以外に驚いた様子はない。


「安心してよ、一個ずつ説明するからさ」

「はあ」

「簡単に言うとね、僕は君の魔法が恐ろしい」


 国軍最強の男は、はっきりと言った。竜司の魔法が恐ろしいのだと。


「恐ろしい、ですか?」

「ああ、個人としては大したことなくとも、軍としては敵に回したくないね」

「だから、味方になるようにってことですか?」

「そうだ。軍属ってことになれば僕も安心できるし、周りも黙らせやすい。上層じゃ、君を殺せだの脅して従わせろだの言ってるやつらも多いからね」


 年端もいかない学生相手に度し難い話だ。と彼は言う。国軍の上層部はずいぶんと物騒なようだ。だが、それだけなら竜司が軍に入るだけで済む。レーヴェまで呼ぶ必要はないだろう。


「レーヴェは関係なくないですか」

「確かにそううだね。だから、もちろんほかにも理由がある。ウィッチハント、黄昏、天秤。これに聞き覚えは?」

「最近よくニュースに出ているテロ組織ですね」


 鬼島が並べたのは世界中で問題になっているテロ組織の名称だ。


「そうだね。そして、今回は特にウィッチハントが問題なんだ」


 そのウィッチハントとレーヴェがいったい何の関係があるのか。こういうということは、ただのテロ組織というわけではないのだろう。


「奴らは名前の通り魔女狩りを行う集団だ」

「はあ、でも魔女はもういないんじゃ」

「そうだね、だから正確には魔女の血を引くものを狙っている」

「そんな人がホントにいるんですか?」


 この世界にも中世のころに魔女狩りは起きた。ただの魔法とは違い、遠くにより強力な魔法を撃てることや、魔女特有の魔法や薬を恐れた時の権力者によって、迫害され滅びたとされている。竜司たちがその存在を疑うのも無理はなかった。


「さあね。とりあえずとらえた連中はいるといっている。目的もなかなか胸糞悪い。血をひくものの心臓を加工して力の源にするんだってさ。実際、被害者は心臓をくりぬかれていたよ」

「それは…、恐ろしいですね」

「ああ、それでここからなんだけどね。君たちはそのウィッチハントに狙われる可能性が高い」


 鬼島の言葉に竜司は絶句した。なぜ狙われるのか、意味が分からない。レーヴェも同じ様子だ。


「意味が分からないって顔だね。まいってしまえば簡単だよ。君の使った魔法が言い伝えの魔女の技に似ている。それと、奴らから吐かせたことだけどエルフは魔女の末裔の可能性が高いらしい。その、エルフの魔法型の魔装もちとくれば、君たちが狙われる理由としては十分だろうね」

「それで軍に?」

「そうゆうこと。そうすれば君らを守ることもできるし、君は僕の味方で安心で一石二鳥。ついでに僕直属の部隊ってことにすれば確実だね」

「……なぜそこまで?」


 確かにその理由なら軍に誘う理由にはなるにはなるが、まだ薄いような気もするのも事実だ。言い方は悪いが、たかが学生二人にそこまでするだろうかと。訝しむ竜司に、鬼島はこう答える。


「…投資だね。君の戦いを見て魔法に可能性を見た。これは僕の勘なんだけど魔法の距離は誰でも伸ばせるんじゃない?」

「まあ、やり方さえ分かれば。才能というか、向き不向きはあるみたいですが」

「でしょ。だからいっそのこと軍の新しい可能性ってことで一部隊作っちゃおうかなって。それで、どうする?君たち」


 鬼島はそう笑顔で聞いてきた。


「私は受けたいと思うわ。エルフが軍に入る機会なんてこれを逃せばないに等しいもの…」


 どうやら、レーヴェは乗り気のようだ。確かに、エルフは役に立たないと思われているのが常識である以上レーヴェからすれば、またとないチャンスなのだろう。


「エルフの君は受けるんだね。君はどうする?真島竜司君」

「……もし入ったら具体的にどうなるんですか?」

「しばらくは学生として過ごしてもらうよ。一応軍は関係する高校を出ていないと入れないからね。だから基本的には自由。必要な時だけ任務にあたってもらう。といっても、学生やってるうちは軍になれる程度に、簡単なやつを少しって感じだね」


 話を聞く限りなら、高校卒業までは基本自由に過ごせるらしい。進路として考えるならこの上なく魅力的なものになるのだろう。何せ中学の時点で内定が決まってるようなものなのだから。それに軍なら魔法も使う機会も大いにあるだろう。


「…俺と妹が一緒に生活できるなら受けます。鈴音を一人置いていくわけにはいかないので。そのうえで、家を離れていいと言うなら」

「わかった。妹さんの説得は任せるといい」


 鬼島は満足そうにうなずいた。

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