第19話 その後と謝罪
問題の模擬戦から約二か月がたった。
あの後、世間では多くのことが起きた。一宮と水沢が呼んでいたテレビカメラは生放送であったらしく。あの一連の流れが何の編集もされず全国に放送されてしまっていた。
審判の言動から、確実に不正を働いていたことや、契約の切り替えをするために本来なら勝ち目のない戦いを設定したことが問題になり、世間は騒然とした。あちこちでデモ活動や暴動がおこり、協会と軍はその対応に追われた。
結果、一宮と水沢それぞれの職を解雇。今は不正の件で今は刑務所にいるらしい。なお、水沢からの命令であったということで、軍曹への降格処分で終わった。あの場を逃げ出した審判だが、彼は殺されていた。ニュースでは一宮の犯行であると伝えられていたが本当のところは分からない。
また、結界の仕様についても見直しがなされることになり、ドワーフたちの研究員が急ピッチで制作にあたっている。
以上が世間においての主な変化であった。そして、もちろん竜司の生活にも変化があった。
「おはよう。竜司君、鈴音ちゃん」
「ああ、おはよう」
「おはようございます。レーヴェ先輩」
まず学校の登下校にレーヴェが一緒になるようになった。エルフであることから最初は竜司も不安だったが、鈴音は想像以上にすんなりとそのことを了承した。あいさつを交わして楽しそうに話す二人は、種族は違えど姉妹のようにも見える。
『主よ』
『視線。南』
(またか…)
憂鬱な変化として、模擬戦の一件から軍や協会は竜司の遠くから相手の意識を奪う力を警戒したのか、竜司の周りに監視が付くようになった。竜司も何となく理由は察しているが、ただ監視されるというのも腹が立つので、見つけるたびに窒素攻撃を仕掛けて気絶させている。そのことが少しニュースに取り上げられたりしているが、竜司からすれば知ったことではない。
「お兄ちゃん?何してるの、早くいくよ」
「ああ」
「それで竜司君。今日はどうするの」
「いつも通り、霊界に」
「わかったわ」
鈴音に呼ばれ追いつくとレーヴェが今日の予定を聞いてくる。それに対して竜司が答えたように、最後の大きな変化としては、レーヴェも霊界についてくることになったことだ。
「いーなあ、お兄ちゃん達ばっかり。私も魔装ほしいな」
最近の鈴音の口癖である。なんでも自分のような立場の人を少しでも減らしたいんだそうだ。竜司の日常は今のところおおむね平和であった。
学校につけばいつも通り他の生徒には大きく避けられている。模擬戦以降クラス以外でもその様子は見られるようになった。竜司が近づけば、さながらモーゼの海渡りのように人が引いていく。皆一様に竜司を化け物を見るような目で見ている。それは教師であっても変わらない。
「相変わらずね」
「さすがに、もう慣れたがな」
そんな中をレーヴェと竜司は苦笑いを浮かべながら歩く。しかし、ごく僅かではあるがこんな状況であってもいつも通り接してくれる者もいた。
「真島、イルシュタイン。今から校長室に来てくれ」
そう二人に指示を出した、教師の吉岡もそのごくわずかな者の一人である。
「急になんだ?」
「さあ」
呼ばれる理由の心当たりは二人にはないが、無視するわけにもいかないので、吉岡に返事をし、校長室に向かった。
校長室の前についたら、その扉をノックする
「どうぞ」
と、声が聞こえてから扉を開け部屋の中に入る。
『強敵、警戒、最大』
中には奥に校長、左右のソファに軍服を着た男と女が二人ずつ。そのうち一人は水無瀬であった。ちらりと視線を向けると、びくりと体を硬直させている。
「まずは座るといい」
校長がまず着席を促したので、その言葉に従い素直に座る。普通にふるまっているように見えるが少し顔が青い。軍の者たちは水無瀬を除いて、平然としている。今の竜司ではまだ相手の実力を見抜くことはできないが、雪花から感じる警戒度合いから察するにかなりの強さなのだろう。
「そう警戒しないでくれ。今回の主な目的は謝罪なんだ」
竜司が座ると、まずひときわ豪華な装飾のついた軍服を着た、優しげな顔の男が口を開いた。
「謝罪、ですか?」
「ああ、謝罪だ。日本国軍元帥として先日の模擬戦における不祥事を謝罪しよう」
「はあ」
頭を下げる元帥と名乗る男を前に竜司は曖昧な反応を返す。竜司からすれば、正直何をいまさらといった感じなのである。2か月も前のことを謝られてもどう反応していいかわからない。
「本来は協会長も来るべきだったんだが、ダメだった。上層部がずいぶん腐っているようでな近いうちに掃除して、私がいるうちは二度とこんなことがないようにしよう」
「ありがとうございます?」
「は、はははは!僕を前にしてそんな態度をとった者は君が初めてだよ。いや面白いね君」
竜司の態度の何がおかしかったのかわからないが、突然彼は大笑いしてそう言った。周りを見るると、さっきまで平然と座っていた軍の者たちが青ざめ震えている。どうやら、この元帥という男は相当恐ろしいらしい。
「あー笑った笑った。あ、そうだった。もう一個伝えることがあったんだ。最近君に監視がついてたでしょ?」
「ええ、まあ」
「やらなくていいって言ったのに、あれも部下が勝手にやっちゃってね。もうつかないようにしたから、あの気絶させるやつもうしないでね。いや、わりと切実に」
と元帥は言うが、朝登校する際にしっかり監視の目を感じている。実際に気絶までさせているのだから間違いない。
「朝、いましたけど?」
「今、なんて?」
途端、男の雰囲気が変わる。とてつもないプレッシャーが放たれ、そこにいるだけで押しつぶされそうだ。その、あまりの存在感に竜司は動くことはおろか、声を出すことすらできなかった。
「ふ、ふふふ、ふふ。誰だろうねぇ。僕の指示を無視してるやつ…」
「げ、げんすい、かっか…!」
「っと。すまないね」
もう一人の男の呼びかけに、元帥の男ははっと我を取り戻した。同時にさっきまで部屋を支配していた、圧倒的な気配が嘘のように消え去る。
「いやホントに済まない。学生がいるのに気配を漏らすなんてね…ありえない失態だ。君たち何かしてほしいことはあるかい?お詫びにボクにできることならしてあげよう」
男の表情は本当に申し訳なさそうにしている。だが、こんな簡単に人の願いを聞こうなどとするのだろうか。
「閣下⁉」
予想外だったのだろう。周りにいた部下も慌てて止めに入る。だが、元帥の意見は変わらないようだった。
「いいんだよ。これがもし魔装もちじゃなかったら、今の軽い威圧でも死ぬ可能性があったんだから。これくらい普通だよ」
(威圧で人殺せんのかよ。マジのバケモンじゃねえか)
これで軽いなら、本気の威圧はいったいどれほどなのか。この元帥という男は、想像以上に恐ろしい存在らしい。彼が願いを聞くといったのも一歩間違えれば竜司たちが死んでいたかもしれないと考えれば、まあ妥当なのかもしれない。
「ほら、何でも言っていいよ?エルフのお嬢さんは何がいい」
「あ、え、とととんでも、ななないです‼」
レーヴェは緊張と怯えでがくがくと震えていた。何とか絞り出した答えも、舌を噛むのではと心配になるほどに震えている。
「あー、まあ仕方ない落ち着いたら聞こう。ホントにごめんね。じゃあ君は?」
「そういうことでしたら一つ」
「お、なになに?お兄さんなんでも叶えちゃうよ?」
息を吸い込み真剣な表情で一言。
「名前を教えてください」
空気が死んだ。
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